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クリスマスが終わり年末も差し迫ったある夜、俺は奇妙な体験をした。
それは、明日から正月休みに入るという就業最終日。満員の電車に揺られ俺は立ったままでも寝てしまいそうな程、疲弊していた。
がくりと膝が折れ吊革に捕まった手が反射的に体を引き上げる。両目を片手で覆い、「やべえ」と口の中で呟いた。
ふと、窓の外に視線を移す。ちょうど電車がトンネルに入った所で俺は声を上げそうになった。
窓に写る光景。確かに自分の後ろのようだったが乗客が誰一人居ない。濃紺の長椅子には小学生位の女の子がいるだけだ。
振り向いてはいけない、全身でありとあらゆる五感が警鐘を発していた。
トンネルを抜けると、一気に人の気配が帰って来る。
(なんだ?気のせいか?)疲れて夢でも見ていたのだろうか。
確かもう一度、最寄り駅に着くまでにはもう一度トンネルがあった筈だ。
その前に辺りを確認しようと俺は思い切って振り向いた。
瞬間、再びトンネルに電車が突入する。すると先ほど女の子が座っていた席に、彼女がいた。
「りか‥‥‥」
彼女が呟いた俺を見上げ目が合った途端に溢れ出す涙。その意図が解らず触れようとした所で俺は全てを取り戻した。
目まぐるしい速さで映像が一息に流れ込む。
「りか、ゴメン。俺、死んじゃったんだな‥‥‥」
そう、もう半年も前にこの体はこの世界には存在していない事を‥‥‥思い出したのだ。
声だけが届いているのだろうか、椅子に座ったまま泣き崩れる彼女の顔がもうこちらを向かない。長いトンネルもそろそろ抜ける。
最後に‥‥‥彼女の顔が見たくて、そろりと手を伸ばした。
「さようなら‥‥‥だよ、りか」
言えなかった別れと、声にならない告白。
急に上がった彼女の顔が僅かに微笑んでいた。
その時、告白は声にならなかった筈なのに「私も」と、りかの唇が動いた気がした。
短くも長い数秒が過ぎ去る。
掌が、りかの頭に届くかどうかのほんの僅かな距離を残して俺の体は消えた。くしゃくしゃに泣き崩れた彼女を乗せて電車は最寄り駅へと吸い寄せられて行く。
クリスマスも終わり年末も押し迫ったその夜、
‥‥‥俺は最初で最後の奇跡を体験した。
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