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14.
こんもりと盛り上がった泥の塊。最初、そう見えたが近づいてみてそれが人型の何かだと分かった。
僕が泥や汚れをはねのけていくとボロボロになった洋服を着た女性が姿を現した。もちろん生きた人間ではない。
ただその顔は……
「これは死体!?」
「……」
「でもそんなわけないわよね。まるで生気が感じられないわ。特に傷らしい傷はなさそうだけど……それにしても美しい顔ね」
「……」
「服はこんなにボロボロなのに、顔は今にも動き出しそう……あ、これ蝋人形!? ねぇ、武藤くん。武藤くん?」
「……え? あ、ああ、そうですね。蝋人形なのかも。確かに凄い美人だけど、なんとなく土気色の表情だし」
「大丈夫?」
赤坂が心配そうに眉をひそめる。
「大丈夫……です」
レイがじっと見ている。
僕はその顔を見れない。
「もう出ましょうか?」
「いや、大丈夫です。突然だったのでちょっとびっくりしちゃって」
赤坂は頷くと、目の前に横たわる泥にまみれ、ボロボロの洋服をまとった身体に触りだした。
「服は……相当昔のものね。かなりボロボロになってる。でも洋服だし百年前のものっていうことはなさそう。七十年くらい前のものかしら。その頃、日本に蝋人形ってあったと思う?」
「蝋人形の歴史自体はかなり古いですからね。日本でいう江戸時代にはヨーロッパで作られていたはずですし、日本に数十年前に送られてきたとしても不思議じゃないでしょう」
ただそれよりも僕は気になることがあった。もちろん顔のこともそうだが、それよりもどうも空気が先程から淀んでいる気がするのだ。この泥を払いのけた時から。
一方、赤坂はといえば気にせず蝋人形の服をめくったり、顔をスマホで撮ったりしている。
「赤坂さん、もう出ましょうよ。何だかここ、空気が良くない気がする」
「……分かった」
赤坂とドアから出て、また素足でドア前の池の冷たい水に踏み入った時、身体が洗われるような気がしたほどだった。
足を拭いて靴を履いていると、赤坂が話しかけてきた。
「山奥に突如現れるお屋敷の話にはね、建物の中にお宝があるというバージョンも結構あるの。私はこれはいわゆる隠し財宝みたいなものじゃないかと思うのよね。たとえば太平洋戦争中に当時の政府やGHQの目から隠すために、宝物を保存する場所としてここを造ったんじゃないかしら?」
「隠し財宝? 隠し田みたいな?」
「そうそう。お上の目から隠すために山奥にこっそり造ったものが、たまたま地元の農民の目に触れてある種のお伽話として伝わったのではないかと思うの」
「お伽話や昔話は実際にあった事柄を後世に伝えるために、キーワードを変えて残したものとも言われてますしね」
赤坂が勢いよく頷く。
「そうそう、まさにそれよ。日本の昔話の成り立ちや実例として英語で紹介すれば、外国の人が読んでも面白いレポートになるんじゃないかしら?」
「でもここに宝物はありませんでしたよ」
僕が洋館を指差して言うと、赤坂は少し眉をひそめた。
「だから……それは……盗まれたんじゃないかしら? 戦争のあとで。それで残ったのはあの蝋人形だけというわけ」
「あるいは盗まれた、とかですね」
赤坂が大きく頷く。
「まさしく」
まあ、確かにありえないことじゃない。
僕の返事に納得したのか、赤坂は意気揚々と帰途につき始めた。
慌ててあとを追う僕に、赤坂が振り返って言った。
「レポートの草案ができたら見せるわ。そうね、一週間後くらいに」
そう言って赤坂はウインクを寄越した。
間違いなく、アイドルとしての自信と煌めきに満ちたウインクだった。
だが、僕がそのレポートに目を通すことはなかった。
S山への探検から五日後、赤坂が突然大学を休学することになった。
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