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 僕の名前は武藤海斗(むとうかいと)。今は県内の私立大学で電子工学を学ぶ21歳だ。  十年前、僕は交通事故にあい一週間意識がなかった。両親や医師達の懸命な呼びかけにより目を覚ました時、僕の隣には一人の美女が立っていた。  真っ白なワンピースに身を包んだその女性は、レイと名乗った。年齢は30歳くらいだろうか。ゆるやかなウェーブを描いて肩までのびた黒髪。ぬけるように白い肌。すっと通った鼻筋に、どこかせつなげな瞳。  レイは今まで見たどんな女性よりも美しかった。  彼女は僕の心の声が分かるようで、僕の聞きたいことに答えてくれたり、聞かなくても危ない時には注意してくれる、姉のようなもう一人の母のような存在だった。  ただそのうち、僕はおかしなことに気づいた。  僕以外の人は誰も、両親も、先生も、医師も、看護師も、友達も、誰もレイを認識できないのだ。  僕がレイと会話していると誰もが首を傾げる。彼らにはレイの姿が見えず声も聞こえないので、僕が独り言を話しているようにしか見えないのだ。  僕は子供心に、人前で彼女の存在を明らかにしないほうがいいと思うようになった。人がいるなかで彼女と話さなければいけない場合は、ただ心の中で言葉を念じるだけにした。  またレイはいつも僕のそばにいるわけではなかった。  僕がトイレに行ったり、お風呂に入っている時にはいつの間にか姿を消していた。  レイは物を持ち上げたり、動かすこともできなかった。素通りしてしまうのだ。ある時、僕は排水溝に足が挟まって抜けなくなったことがあった。てっきりレイが一緒に足を抜くのに力を貸してくれると思ったのだが、彼女はそばで応援しているだけだったのには閉口させられた。  彼女が僕からあまり遠くに行けないことも知った。僕を中心にせいぜい2m程度の円の中にしか居られないのだ。  ただ一方で僕の視覚の届かない場所を見ていてくれたり、僕が聞き漏らした声や音を教えてくれることはできた。  正直なところ、僕は事故にあってからやや記憶力や意識がはっきりしない場合が何度かあり、彼女のおかげでその後事故や怪我を免れたことも何度かあった。  だが一番彼女に助けられたのは、もっと別の点だった。  それは名探偵にとっての相棒としての助けだった。
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