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21.
「三上教授ですね?」
三上はぼんやりとした仕草で僕を見上げた。痩せ気味で長身、色白の肌に黒縁のメガネ。ただ寝癖のついた髪型にヨレヨレのコートとあって、見た目はそれほどシャープな印象は受けない。
「あん? 君は?」
「あなたが教えているのと同じ大学の学生で、赤坂乃愛の知り合いです」
「……」
「隣、よろしいですか?」
三上の返事も待たずに僕はベンチの隣に腰掛けた。
「いや〜、驚きましたよ。あなたがあれほどまでに過激な思想の持ち主だとは」
「何の話だい? 突然」
「あなたの裏アカウントですよ。あなたはこの国の政府、制度、学生、体制、システム、ありとあらゆるものに対して不満を持っている。いや、あれは不満なんてレベルじゃない。ある種の破壊願望だ。僕は警察の人間しゃないですが、あそこまで書いてたら公安があなたをマークしていても不思議じゃないですね」
「……それで?」
「そこであなたはその願望を実行することにしたんですよ」
「……どうやって?」
「これはある種の未必の故意というやつですよ。あなたはそれに賭けたんですよ。論文作成のためにあの洋館、旧日本軍の研究施設と地下トンネルで繋がっているところを訪れた赤坂乃愛が何らかのウイルスや細菌兵器、あるいは病気に感染すること。そして」
僕は少し息を吸い込んでから言った。
「全国ツアーで、それを日本中にばらまくことをね」
三上は黙ったままだった。
レイも黙ったままだった。じっと両腕を組んで、脇から僕達を見下ろしている。
「あなたが突然、大学を休んで海外に行こうとしているのは、そのことを追求されるのが嫌だからじゃないですか?」
しばらくの間三上はきょとんとした表情のままだったが、やがて何かに思い当たったように大きく頷いた。
「……赤坂……ああ、あのマラリアにかかったとかいう?……いや〜大変だよね? アイドルなのにさ。ただマラリアの治療薬なら日本の製薬会社も開発してるからね。半年くらいで復帰するんじゃない? え? 何だっけ? 細菌兵器? ちょっと君、頭大丈夫? あの洋館が、あ〜行ったことはあるよ、別に隠すことじゃないしね。そう、地下トンネルを通って行ったのさ。床下に扉があるの知らなかったのか? 地下トンネルで山の反対側の研究施設と繋がってるなんて、昔からの地元の住民ならみんな知ってることだぞ。細菌兵器? 残ってるわけないだろ? マラリアだって、たまたまだろ? っていか観光客の集まる街じゃ、普通にマラリアの感染者が出たっておかしくない。症状が出てないだけかもしれないだろ? それをわざわざ狙ったみたいな言い方するなよ。そんなの予測できるわけないだろ? 休みは前から決まってたことだよ。代わりの教授が見つかったら好きにしろって大学からは言われてたんだ。で、やっと見つかったってわけ」
三上は唾をまき散らしながら、一気にまくしたてた。
唾がレイの方に飛んで、彼女は顔をしかめた。もちろん透けて通過していったけど。
「いや、あなたにはある程度予測がたったはずだ。あの死体を見ていればね。外傷のない死体。あれを見ていれば、細菌やウイルス、病気のリスクは想像できたはずだ」
三上は文字通りぽかんとした表情をしてみせた。口を半開きにして、僕を見ていた。
その沈黙はやたら長く感じた。
ついに三上はその口から言葉を発した。
「何を言ってるんだ?」
三上はわずかに首を傾げて続けた。
「あの洋館に死体なんてなかったぞ。ニュースでもそんなこと言ってない」
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