56人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ
3.
元々見た目も中身もごくごく普通の出来だったが、事故にあってからはいささか動作がどんくさくなってしまった。素早く動こうと思っても、身体が重く感じられるのだ。
もしあのままだったら、周りからはいじめの標的にされていたかもしれない。
ただ僕にはたった一つ、ある種の才能があった。それは名探偵としての推理力だった。わずかな痕跡、情報をかき集め、洞察し、推理する。しかもレイには僕とは違う着眼点や知識があった。彼女がいるおかげで、僕は名探偵として周囲の人達から一定の評価を受けるまでになっていた。
もちろん、小説に出てくる名探偵のように殺人事件の調査をするわけではない。ストーカー犯を見つけたり、いなくなったペットを探したり、テストのヤマをはるなんていうのもあった。
ただその全ての事件で、依頼人に納得のいく結果を出せたのは僕のささやかな自慢だ。
これから会う依頼人もそうだ。
間違いなく、名探偵になってなければこんな人物には会えなかったに違いない。
僕は今、大学の食堂でレイと依頼人を待っている。午前9時半ということもあり、食堂は比較的空いていた。僕は柱の影の端の方の、なるべく目立たない場所に席を取った。
「さっきから何度目? 時間をチェックするの」
レイの声に僕は慌てて携帯電話を折りたたむ。
「別に。メールがきてないかと思っただけさ」
「嘘」
そう言ってレイは鼻を鳴らす。
ふんっという鼻の音でさえ、レイの場合、どこか高貴な音に聞こえる。
そういえばレイって呼吸しているのかな? 僕達みたいに。
「へ〜。ここパスタを作るようになったのね」
レイがメニュー表を覗き込みながら、感心したように声を出す。
「海斗くんの好きなミートソースもあるわよ」
「嫌いなやつの方が珍しいよ」
「いつか私も食べてみたいわ。その時は奢ってちょうだい」
もちろんこれは冗談で、実際にレイが食事をすることはない。もっともあのいつも着ている白のワンピースじゃ、カレーうどんとミートソースパスタはご法度だろうけど。
そんなことを考えていると、突然食堂の空気が変わった。
今いる数少ない客でさえ、全員がはっとした空気になるのが分かった。
依頼人がやってきたのだ。
僕と同じ大学の四年生にして、現役バリバリのアイドル、赤坂乃愛が。
最初のコメントを投稿しよう!