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6.
「今週末とはまた随分急ね」
家に帰り、パソコンで調べものをする僕のわきでレイがつぶやいた。
「まだ5月になったばかりよ。卒論だってそんなに急がなくたっていいでしょうに」
「どうも彼女、来月から全国ツアーがあるみたいなんだ。その前に見ておきたいんじゃないの?」
「随分お詳しいことで」
僕は今、日本各地に伝わる言い伝えを調べている。確かに赤坂が話したとおり、山の中に突然出現する無人の屋敷という話はいくつもあるようだ。その屋敷の中には宝物がたくさんあるという話もある。
ただよく調べてみると、これは実際にモデルとなったものがありそうだと気づく。
山の中の屋敷。
隠された家。
どうも実際に、人里離れた山奥に家を建てて住まざるをえなかった人達がかつてこの国にはいたらしい。
たとえば特定の身分、特に人々から蔑まれている身分の人達。特定の宗教、江戸時代のキリシタンのように迫害されている宗教の信者達。山の中にしか仕事のない人達。主に製鉄業に携わる人達とか。
彼らのなかには身分は低くても、海外の、あるいは製鉄業で得た富を家に隠していた人達もいたようだ。
そういった人達の家が伝承化して残っていったというのが真相らしい。
「山の中にフィールドワークねぇ」
「別にレイさんはいくら歩いたって疲れないんだから、かまわないじゃん」
そんな憎まれ口をききながら、そっとレイの横顔を盗み見る。
やっぱりきれいだ。
化粧をほとんどしていないにも関わらず、肌の透明感では赤坂を上回っている。まあ、レイの場合そもそも化粧が可能なのかは不明だけど。
僕は彼女に触れることができるし、彼女も僕に触れることができる。ただし、レイが物に触れることはできない。逆に物体を通過することは可能だが、あくまでも僕のそばから離れることはできない。
「な〜に? じっと見て」
視線に気づかれたのか、レイが訝しげな声を出す。
「別に〜」
今まで、レイに触れたいと思ったことはなかった。
いくら絶世の美女でも、子供の頃の僕には大人すぎたのだ。
でもレイは年を取らない。
このままいくと、僕は彼女と同じ年になる。そしていつかは追い越す。
なぜだろう?
ふと思った。
このままではいかない気が。
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