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9.
S山は標高千メートルほど。底の広い円錐形で、絵に描いたような山の形をしている。
北側、南側ともに勾配もそこまできつくはない。なので、いくら獣道のような道であってもそこまで足取りがきついわけではない。
ただ僕達が登る北側はうっそうと木が生い茂っており、陽のあたりがよくない。全体的に暗い雰囲気での行程となった。
「この辺りにはどんな山菜があるんですかね?」
僕は振り返りながら赤坂に聞いた。
レイから先頭をいくようにとさり気なく言われたのだ。
「ふきのとうやつくし、セリなんかもあるらしいですよ」
「セリも。湧き水でも出てるんですかね」
そんな会話をしながらも、二人とも辺りは注意深く覗っている。
僕達が登っている道は右や左にうねっているため、直線距離にすればそこまで登っているわけではない。
当たり前だが、どこを見ても木と土、草だけだった。
「電波は通じているみたいね」
赤坂はスマホを取り出していった。
「スマホですか?」
「ええ」
「まあ、そこまで高い山じゃないですしね」
もし本当に人も通わぬ山の奥だったんじゃ、この装備では危険すぎる。いざとなれば簡単に助けを求められるからこそ、僕もここまできたのだ。
「この森、ほとんど人の手が入ってないわね」
ふいに横でレイが言った。
「この辺りからの風景は雑木林とは違うわね。杉やヒノキ、あるいはクヌギといったような木とは違う、野生の松のような木ばかりよ。太古の森に近い。まだ日本にこんな森があるなんて……」
レイの言う通り、歩き始めてから一時間も経つ頃、周りの風景が徐々に変わってきた。
草は最初比較的背が高いものが多かったが、土や岩が目立つようになってきた。生えている木も巨大な松や見たこともない木が目立つようになってきた。
それと苔がいたるところにみられ、足を滑らせる場面が出てきたのだ。
道も自体薄れてきた。土と草で明らかに区別されていた道が、周りの土の部分と同化し始めてきたのだ。
「赤坂さん。この辺で止まったほうがいいかも?」
僕は足を止めると振り返ってそう言った。
「これ以上行くと、帰り道がちょっと分からなくなりそう」
「てっぺんまで行くのは無理かしら? そこからなら奇妙な建物がないか見渡しやすいと思うんだけど」
「それなら南側から登って頂上まで行けばいいでしょうに」
もちろん赤坂には聞こえないのだが、レイが呆れたように小言を述べる。
「赤坂さん。誰かに発見されるということは、すなわち人の通る道からそれほど外れていないという証拠なのでは?」
「でも途中にそれらしいものは何もなかったじゃない」
急に赤坂が拗ねたような声を出す。
ドキリとするほど可愛い。
おそらく大抵のことは許せそうなほどに。
もしレイが隣でじっと睨みつけてなかったら。
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