バートとロイ

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バートとロイ

緊張で足が震える……。 ウェディングロードの先の忍の優しい笑顔が俺を見つめている。 ───忍の元まで行けばいいんだ……。 俺は少しブカブカなタキシード姿で、大好きな人の元へ足を踏み出した。 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ 「ここで結婚式を?」 先日俺に紅茶をご馳走してくれた部屋で、その時とは少し違う香りを漂わせている紅茶を前に、今度は忍と2人で座っていた。 「……はい。……ダメですか……?」 恐る恐る聞く俺に笑顔を向けると 「ダメなことは無いよ。──ただ……」 『バート』と名乗ったその牧師が口の乾きを潤わす様に紅茶を口に含んだ。 「神前で誓うのだから……お祖母さんの為にとか……一時の感情だけで、それを言っているのなら……僕は引き受けることは出来ないな……」 そしてまた優しく笑うとハッキリとそう口にした。 一時の感情だけで……確かにそう思われても仕方がない程、俺たちはまだ若い……。 若いと言うことは……未熟だということで……。 けど、忍と一生一緒にいたいと思う気持ちに嘘はない。 きっと今考えている以上に辛いことも大変なこともあると思う。 でも俺は……忍となら超えていける……そう確信していた。 そう告げようと思って口を開いた時、忍の静かな声が俺の耳に届いた。 「確かに……。牧師さんが仰る通り、おれ達はまだ未熟で……一時の感情に流されているだけだと思われても仕方ないかもしれません……」 ──忍………… 「でもおれは……この先ずっと先輩を……光流を守っていくつもりだし……光流も……全力でおれを守ってくれるって信じてます」 牧師さんを真っ直ぐに見つめそう言った忍の言葉に胸が熱くなった。 そして何より俺と同じように想っていてくれた事が……すごく…嬉しかった。 「………俺も……………この先ずっと……忍と一緒にいたいです。……お互いよぼよぼになって……じいちゃんになってもずっと……」 だから、俺も本当の気持ちを伝えていた。 上手い台詞のひとつも言えない俺に、忍が嬉しそうに笑う。 先の事なんて誰にも分からない。 それくらい俺にも分かる。 だけど…忍となら本当に、お互い歳をとって…俺はきっともっと可愛げの無いじいちゃんになってて………… それでも……隣で忍が笑っていてくれると信じていられた。 目の前の牧師の目がじっと俺たちを見つめる。 心臓がバクバクと鳴って手に汗が滲んだ。 きっと……彼から見れば俺たちはただのママゴトの様に見えるのかもしれない。 自分で生活すら出来ていないのだからそう思われても仕方が無い……。 ───ダメ……か…………。 そう思ったのと同時に 「それなら何の問題もない。──僕は君たちの心構えを聞きたかった。君たちはきっと良いパートナーになる」 そう口にすると今まで以上に優しい笑顔へと変わった。 パンフレットを取りに行く、と牧師が席を立つと、俺は心底ホッとした様に忍へ視線を向けた。 「断られるかと思った……」 「おれもです……」 忍も緊張が解けた様に俺に笑顔を返した。 「先輩……?」 「あ?」 「あんな風に言ってくれて……想っててくれて、ありがとうございます」 頬を少し赤く染めて、照れて真っ赤になった俺に怒鳴る隙も与えず……忍は触れるだけのキスをした。 「さて……それじゃぁ式の話をしよう。先日の話を考慮すると……出来るだけ早い方が良いのかな?」 「はい!」 机に広げられたパンフレットを見ながら俺が返事をすると 「……先日の話……?」 隣で忍がボソッと呟いた。 「あ──この間……牧師さんに話聞いてもらったんだ……その……少し…辛くなった時……」 苦笑いする俺の顔を忍のどこか……冷かな瞳が見つめる。 「…………そうなんですか……」 ───え………… 「それで──君たちは2人ともタキシード?それとも……どちらかがウェディングドレスを着るのかな?」 牧師が話を進めると、忍はいつもの笑顔に戻った。 「2人ともタキシードにしようと思ってます」 ──今の………… その後も2人が式の話を進める中、俺は何度か忍を盗み見たがいつもと何等変わりが無いように見える。 ───気のせい………だったのかな………… 結局俺は胸に小さな違和感を抱えたまま、2人の話へと加わった。 「では出来るだけ費用を抑えたいんだね?」 「はい……すみません……」 一通り話を済ませると、恐縮する俺たちに牧師は 「謝ることは無い。……私が以前いた教会は決して恵まれた地域ではなくてね……お陰で『なるべく費用をかけずに式をあげる』と言うのが私の得意分野になったくらいだ」 得意気に笑うと、ふと何か思いつたように緑色の瞳を輝かせた。 「──さっき、衣装はレンタルと言っていたけど……良かったら“私達”のを着てはどうかな?そうすればその費用は削れる」 「…………え……」 目を丸くする俺と忍に“ニッコリ”笑い「少し待っててくれるかな……」そう言って部屋を後にした。 奥から「ロイ!」と誰かを呼んでいる声が聞こえる……。 「……………………なんだろう……」 「…………さあ…………」 さすがの忍も眉をひそめ不思議そうに答えた。 しばらくして戻ってきた牧師の手にハンガーに掛けられ、きっと大切にしていたんだろう……と思うほどシワひとつ無いタキシードが持たれていた。 そしてその後ろから先日裏口のドアから俺に「ごゆっくり」と声をかけてくれた男性も続いて入ってきた。 「やあ。キミがこの間の可愛いお嬢さん?」 よく日に焼けた健康そうな笑顔が俺と忍へ手を差し出し、戸惑いながらその手を握った俺たちに「ロイ」と言う名前だと教えてくれた。 「これ……私たちが式で着たタキシードなんだが……イヤでなければ、これを着てはどうだろう?」 「───え…………」 思わず言葉を無くした俺に 「イヤかな?」 ロイが心配そうに首を傾げた。 「えッ──イヤ……そうじゃなくて…………」 「……ああ………私とロイはパートナーなんだ。そしてこれは……私たちが式を挙げた時に着たタキシードなんだよ」 つい訝しげな視線を向けてしまった俺に、牧師は少し照れたように笑って 「……てっきり、この間キミが解ったもんだと思ってたよ」 そう付け加えた。
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