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ヤキモチ
アパートに戻ってからも忍はいつも通り夕飯を作り、笑顔で話をした。
しかし──目は合わない。
「──忍……俺に言いたいことあるんじゃねぇの……?」
忍の作ってくれた生姜焼きが美味しそうな匂いをたてている中、俺は箸を置き忍を見つめた。
「…………どうしたんですか……?突然……」
「……なんか……言いたいことあんだろ?」
「無いですよ」
そう答えて忍はいつものように俺に、優しい笑顔を向けた。
しかし………僅かに俺の目から視線をずらしている。
「嘘つくなよ」
それでも俺は忍を見つめ続けた。
忍が何を思ってそうしているのかは解らない。けど、何か思うところがあった事くらい解る。
しばらくお互い黙ったまま、だけど忍は諦めた様に大きなため息を吐いた。
「…………本当に…先輩に言いたいことなんて、なにもありません。……これは……おれの問題だから……」
「お前の問題って何だよ?」
「…………だから……おれの問題だから、先輩には関係ありません……」
困った様に、それでも笑っている忍を、俺は精一杯睨みつけた。
「関係ねぇことねぇだろ!? ……俺たち………結婚するんだよな!?…………そりゃ……法律的に認められる訳でもねぇし……世間的にだって………」
つい…言い淀んだ。
結婚式を挙げると騒いでいるだけで、何かが変わるわけじゃない。
けど……それでも『一生一緒にいたい』想いは男女だろうが、男同士だろうが変わらない。
「……この間、忍が言ったんだろ!?……もし少しでも不安なコトがあったら言えって……必ずどうにかするって……」
それは……俺だって同じだ。
忍を不安にしたままにはしたくない。
「だったらお前もちゃんと言えよ!そしたら俺だって…………絶対……どうにかする!」
「…………先輩……」
忍の顔から笑顔が消え、諦めた様に小さくため息を吐いた。
「………………本当に……先輩が何かしたとかじゃなくて…………おれの…………気持ちの問題で…………」
───え…………『おれの気持ちの問題』って……なに…………?
つい悪い方へと考えてしまうクセが顔を覗かせる。
───もしかして…………俺とのこと……後悔してる……とか…………
「………牧師さんに…………先輩が、牧師さんに1番に相談してたんだ…………って思ったら……おれ…めちゃくちゃイラついて…………」
───え………………
「……ロイさんだって…………先輩のコト呼び捨てにするし……」
───それは…………多分……お国柄……なのでは…………
「それにッ!──あんなにッッ……ベタベタ触らなくたって…………」
───だってそれは…………タキシードを直してくれる為で…………
視線をテーブルの上の生姜焼きに置いたまま、忍は頬を赤くして……その顔は怒っているようにも見える……。
そしてさっきよりまだ大きなため息を吐くと
「……ちゃんと……解ってはいるんです。おれのせいで……嘘吐かせてたのに……おれに言える訳ないってのも…………呼び捨てにするのだって、きっと……同じような境遇のおれ達に、親しみをこめてるだけだし……触ってたのも……先輩のサイズにタキシード直してくれる為で……」
眉にシワを寄せ……絞り出す様に言っている忍から目が離せなくなった。
───めっちゃ……ヤキモチ妬いてる…………
それに俺も……顔が熱くなっていく……。
普段見られない程顔を赤くして、必死に怒りを堪えようとしている忍が、堪らなく可愛く見える。
「…………おれ……きっと、先輩が思ってる程…大人じゃないし…………すげぇヤキモチ妬きだし…………出来れば、先輩を誰にも見せたくないって……思うくらい独占欲強いし……」
そしてやっと、俯いたまま覗き込む様に、忍は俺の目を見つめた。
「………………だから……言いたくなかったんです……」
そう言って俺の様子を窺う様に見ていた瞳が再び逸らされ
「………こんな風に誰かにヤキモチ妬いたことも無かったし……だから………どうすればいいのか解らなくて……それに───」
初めて見る……忍の表情が…………
真っ赤になった頬で……落ち込んでいるようにも……怒っているようにも見える顔が……
「………先輩に……嫌われたくない……から……」
不貞腐れたように口にした…………。
────か…………可愛い………………
アホみたいに、口を開けたまま見つめる俺を、今度こそ不安に揺れているのだと分かる忍の瞳が俺の顔色を窺うように向けられた。
「──バカッ!俺が……そんなことでお前を嫌いになる訳ねぇだろ!」
「────!?………」
きっと本当に不安だったんだ……。
いつも、俺の横で優しく笑って……考え無しで……アホなことばっかりやる俺を……温かく包んでくれて……。
だから、それ以外の自分を見せるのが……きっと本当に不安で……隠そうとしたんだ……。
「そりゃ……忍以外から見られないようにするってのは……ちょっと……難しいけど……」
俺は忍を安心させたくて、必死で言葉を探した。
だって……忍はいつだって俺を安心させてくれるから…………。
「けどッ……誰に見られたとしても関係ねぇよ!だってッ………だって俺には…………忍しか見えてない…………から…………」
めちゃくちゃ恥ずかしくて、顔が熱い。
でもそれは本心で……
ヤキモチ妬いてたのも……本当はちょっと嬉しくて……
「だから!忍が不安になる必要なんかない!」
相変わらず、上手くも何ともない、陳腐な台詞しか言えないけど……。
「俺が好きなのは、忍だけなんだからッ!」
半ば……叫ぶように言った俺を忍の真ん丸くなった目が見つめる。
こんな風に……ベッドの中でもないのに、珍しく素直に口にした俺に…完全に驚いている。
それがまた…………めちゃくちゃ恥ずかしくさせる……。
「………………先輩…………ありがとうございます……」
そして嬉しそうに、自分で言うのも何だが……幸せそうに笑ってくれた忍に胸まで熱くなった。
「おれも……先輩が好きです。世界中で……一番……愛してます」
忍の優しい声に……言葉に……恥ずかしくてつい目を逸らしてしまう。
「………………わかってるょ……」
「………一生、大事にします」
耳まで熱くて…………
「………ん……それも……わかってる……」
どんどん声が小さくなる俺の頬に忍の温かい手が触れた。
「………………先輩……?」
甘い声で呼ばれ今度は俺が忍の瞳を覗き込んだ。
「……ベッド…………運んでいいですか……?」
「────え!?……い……今……!?」
「──今すぐです」
「──────え…………だ…だって飯………せっかく忍が作った生姜焼き…………冷めちゃうし……」
本当はもう身体中熱くて……
飯なんか……どうでもよくて…………
「温めなおします…………ダメですか……?」
真っ直ぐに見つめる忍の瞳も……熱くて……
「………………ダメじゃ……ねぇけど…………」
ポツリと呟いた、聞こえるか聞こえないかの俺の小さな声に忍は立ち上がり、イスから軽々と俺を抱き上げた。
「──おれ…………先輩が思ってるよりずっと…………エロいし……先輩の“あの顔”……もっと見たいです」
───いや……見た目によらずエロいのは知ってるし…………。
俺を子供みたいに抱っこしたままベッドへと運び
「…………出来るなら……ずっと…………光流のコト……イかせてたい…………」
「─────え!?………………」
───それは…………初耳………です………
ベッドへおろすと、優しく押し倒した。
「こんなおれでも…………好きでいてくれますか?」
ベッドで忍の腕に閉じ込められて……
これから行われるであろう『行為』に胸を高鳴らせながら…………
「………………はい………」
俺は小さく頷いた。
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