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年齢=経験値
次の日曜、俺と忍は2人で病院を訪れた。
もちろん俺は女の格好で。
あんなにグダグダ悩んでいたのが嘘のように、俺の気持ちは軽くなっていた。
しかしそれは、嘘をついている罪悪感が無くなった訳じゃなくて……
嘘をつき通そうと決めたことで、腹が括れたと言うかなんと言うか……
とにかく以前よりずっと晴れやかな気持ちでいられた。
それにそれは───
「───ん?」
隣から見上げる俺の視線にすぐに気付き……優しく笑顔を向けてくれる忍のお陰でもあった。
「あら、今日は2人で来てくれたのね」
そう言って嬉しそうに微笑む忍のばぁちゃんに、俺と忍は顔を見合せて笑った。
「今日は元気そうで良かったわ」
飲み物のお使いを忍に頼み、俺と2人きりになると忍のばぁちゃんはホッとした様に口にした。
「あ…………すみません……心配させちゃって……」
恐縮する俺に
「私が勝手に騒いだだけだもの……気にしないで……?それに……若い頃って色々と悩みは尽きないわよね」
安心させる様に「ふふ」と笑った。
「忍は優しいし良い子なんだけど……どこかこう……おっとりしてるって言うか……我が道を行くって言うか……そういうところあるじゃない?……だからミチルさんが手を焼くことあるんじゃないかしら……って思って……」
そう続け困った様に笑っている。
「そっ……そんなこと無いです!…どっちかって言うと……お…私が…………忍の手を焼かせてる方で…………」
そう言って「へへ……」と苦笑いしてしまう俺に
「そうなの?」
と、忍のばぁちゃんは楽しそうに笑いだした。
「──本当に……忍がいい人を見つけて安心した」
まだクスクスと笑いながら
「ミチルさんが、ずっと忍のそばにいてくれたら……きっと私、天国でも笑っていられるわ」
優しい瞳が俺を見つめる。
「───え…………」
「……あらやだ………若い人にこんな事言ったらダメよね」
自分の限られた時間を……終わりが遠くないのを解っていてそんな風に笑っていられる強さを……心からすごいと思った。
そしてだからこそ……大切な忍のこの先の時間が心配でならないのだと解る。
「…………あの……俺は…………忍とずっと一緒にいたいです……」
だから……俺も…………自分の気持ちを素直に告げた。
「…………きっと忍も同じように思ってるわ」
本当に嬉しそうに笑ってくれるその女性にやはり……少し胸が痛くなった……。
「2人の結婚式を見られないのは本当残念……」
少し悲しそうに笑うと「はぁ……」とため息を吐いた。
「あッ……結婚式は…………その……あげられるかは…………あの…………」
焦ってしどろもどろになる俺を、忍と似た優しい目が見つめる。
「──あっでもッッ…………忍とずっと一緒にいたいって言うのは本当で…………でも……その…………ウェディングドレスとかは…………ちょっと……その…………だから…………」
まさか、“結婚式” にまで話が及ぶと思っていなかった俺はどうしていいか分からず、けど、忍とずっと一緒にいたい気持ちに嘘は無いと伝えたくて……
余計しどろもどろになっていった。
そしてそれを見ていた忍のばぁちゃんはまたクスクスと笑いだした。
「ミチルさん、落ち着いて?……何も結婚式だからって、ウェディングドレスじゃなくてもいいじゃない?」
「───あ……イヤ…………」
それはそうだけど……。イヤ……着物だろうがドレスだろうが……女装は女装で…………。
俺は男で…………。
「2人してタキシード姿だって…私は充分ステキだと思うわよ?」
「──────え……………………?」
きっと俺は、その時相当アホっぽい顔をしていたに違いない……。
───今……『2人して……タキシード姿』って…………
そしてそんな俺に忍のばぁちゃんはまだ優しく微笑んだ。
「…………どうして……それ…………もしかして…忍から…!?」
───俺が……あんな事言ったから…………
「いいえ…。いつ本当のことを話してくれるか待ってたけど……忍の口からは一向に何も……」
しかし俺の不安をよそにそう言うと、口をへの字に曲げて肩を竦めた。
「……じゃぁ…………」
「年寄りをナメちゃダメよ?それに──ミチルさんは嘘をつくのが、とても下手ね」
そしてまた楽しげに笑いだした。
───バレてたんだ…………
そう分かった途端足の力が抜け……俺はへなへなと床に座ってしまった。
「──ミチルさん!?」
慌てて俺を助け起こそうとした忍のばぁちゃんに
「……すみません…………なんか…………力抜けちゃって…………」
「はは……」と俺はマヌケな笑顔を向けた。
「……知ってたんだ……」
ベッドに祖母と並んで座る忍が、ボソッと呟きどこか……ホッとしたように笑った。
「本気でバレないと思ってたの?………ミチルさんも嘘が下手だけど……あなたも相当よ?」
それを見て呆れた様に笑っている忍のばぁちゃんに……申し訳なくて……面会用のイスに腰掛けたまま俺は肩を窄めた。
「ごめん……」
謝る忍の頭を『コツン』とふざけて叩くフリをすると
「謝るのなら、ミチルさんに謝りなさい。無理に女の子の格好させてたんじゃないの?」
「…………え……」
俺は思わず顔を上げた。
──どうして……そんなことまで…………
不思議そうに見つめる俺が余程おかしかったのか、忍のばぁちゃんは我慢しきれないといった様に笑いだした。
「──だって……ミチルさん、私の前で自分のこと何回も『俺』って言ってたのよ?……普段から女の子の格好しなれてる子なら……きっと間違えたりしないんじゃないかしら」
得意げに話すその笑顔に……
俺は心からの尊敬の念と
この女性には『絶対に勝てない……』そう確信していた。
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