十話

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十話

 先日、彼女が中庭から去って行った後、ミハエルから釘を刺された。 『レンブラント、約束は必ず守れよ』  彼と接する機会はそう多くないが、ミハエルの事は昔から良く知っている。兄王子二人に比べて影が薄く、寡黙で人を寄せ付けない、そんな人物だった。  だからこそ意外だった。そんな彼が彼女を連れて現れ、更にはこうやって彼女を援護する事も。 『彼があんな風に、他人を気に掛けるなんて驚いたな』  兄であるクラウディウスも、そんな弟のミハエルに目を見張る。  無論彼から言われるまでもなく、彼女との約束は守るつもりだ。  その日レンブラントは、仕事がごたつき夜遅くに屋敷に帰宅したので祖父に会うのが、翌日の夜になってしまった。 『失礼致します、レンブラントです』  少し緊張しながら扉越しに声を掛けた。  祖父は既に息子、レンブラントにとっては実父であるランドルフに家督を譲り隠居しており、本邸ではなく同敷地内にある別邸で暮らしている。故に、普段はほぼ顔を合わす事はない。またレンブラントは昔から祖父が少し苦手だった。寡黙で無表情、何を考えているか分からない。笑っている所など見た事すらなかった。そんな理由もあり、意識的に別邸には近付く事もない。 『……何だ』  許可を得て部屋に入ると、祖父はこちらに背を向け座りながら読書をしており、レンブラントには見向きもしない。  ランドルフには兄弟はおらず、レンブラントは彼にとって唯一の孫なのだから、もう少し反応があっても良いのでは?と昔から思っていたが相変わらずだ。まあ、今更で気にはしない。 『聞いて頂きたい事があります』  祖父は静かに本を閉じるとゆっくりと身体をレンブラントへと向き直った。鋭い青眼の瞳と目が合う。  昔、祖父はかなり女性等からモテていたそうだ。文武両道、容姿、家柄、全てにおいて完璧だったと今は亡き祖母から聞いた。歳はとったがそれは今もでも変わない。レンブラントと同じ深みのある金髪は白髪へと変わり、眉目秀麗と言われた整った顔には皺が目立つが、今でもその表現が良く似合うと思う。   『とある人から、お祖父様へ言伝を預かって参りました』  眉一つ動かす事なく射抜く様な視線に居心地の悪さを感じながらも、グッと堪えて話を続ける。 『ロミルダ・フレミーが貴方に会いたがっている』  驚いた。レンブラントが”ロミルダ”そう口にした瞬間、祖父の瞳が揺れたのだ。そして僅かに唇を開き「ロミルダ……」そう呟いたのが聞こえた。 『この伝言を頼んできたのは、ロミルダ・フレミー様の孫娘です』  ロミルダ・フレミーが一体誰なのか、気になったレンブラントは侍従に調べさせていた。ただ時間が余りなく大した情報は掴めなかった。あの少女ティアナ・アルナルディの祖母、分かったのはそれだけだ。 『彼女は、お祖父様に会って話したい事があるとも言っていました』 『……そうか』  瞳を伏せ手で顔を覆い、悩む様な仕草を見せる。暫し沈黙が流れ、大した時間ではなかった筈だが、レンブラントには長く感じた。 『すまないが、その孫娘とやらを連れて来て貰えないか。私も彼女と話がしたい』  馬車にティアナを乗せロートレック家へと向かう道中、レンブラントは昨夜の事を思い出していた。  向かい側に座っているティアナを盗み見ると、落ち着かない様子で何度も居住まいを正していた。やはりまだまだ子供だと、思わず笑いそうになる。 「?」    そんなレンブラントに気が付き彼女は赤い大きな瞳を丸くしながら小首を傾げる。 (可愛い……) 「っ⁉︎」  (いやいや‼︎ 今僕は一体何を思ったんだ⁉︎ あり得ないだろう⁉︎ 相手は六歳も年下の少女なんだぞ⁉︎)  内心激しく動揺をし顔全体を手で覆いながら、やはり指の隙間から彼女を盗み見る。 「?」  レンブラントの異変に今度は眉根を寄せ、困惑している。 (やっぱり、可愛い……)  屋敷に着くまでの間、今度はレンブラントが落ち着かなくなり、居住まいを正したり無駄に足や腕を組み直したりを繰り返した。
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