十一話

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十一話

 ロートレック家に到着すると、レンブラントに案内されティアナは彼の後ろをついて行く。  流石公爵家だと感嘆する。アルナルディ家の倍くらいありそうな敷地内には、本邸と別邸が建っており、ティアナは別邸へと案内された。  長い廊下を歩いている途中、窓の外から庭が見える。屋敷も立派だが、庭の手入れも確りとされており、木々や美しい花が咲いていた。  暫くするとレンブラントはある部屋の前で立ち止まった。 「失礼します、ティアナ嬢をお連れしました」  彼に遅れて、ティアナは部屋に入った。部屋の中は昼間だというのに、日当たりが余り良くないのか少し薄暗い。広い部屋だが、物が少なく淋しい印象を受ける。窓辺には植物が飾られており、やけにそれだけが目についた。  部屋の奥に、こちらに背を向け座っている男性の姿が見える。彼はゆっくりと立ち上がり振り返り、ティアナとレンブラントを見た。 「ロミ、ルダ……」  初老の男性はティアナを見ながら驚いた様に小さく呟く。確かに祖母の名だった。 「お初にお目にかかります、ダーヴィット・ロートレック様。私はロミルダ・フレミーの孫のティアナ・アルナルディです」 ◆◆◆    彼女が部屋に入ると、祖父は見た事もないくらいに動揺していた。レンブラントの存在を忘れたかの様に彼女だけを視界に映しながら、自分の前を素通りをする。 「ロミルダ‼︎」  彼女が挨拶を終えた瞬間、祖父は徐に彼女の両肩を掴んだ。その事に目を見張る。 「お祖父様⁉︎ 何を」  慌ててレンブラントは彼女から祖父を引き剥がす。 「ティアナ嬢、すまない」 「大丈夫です、レンブラント様」  だが意外にも彼女を見ると平然としていたので、レンブラントは脱力をした。  項垂れる祖父を椅子に座らせる。この部屋には不要な物は何一つ置かれておらず他に椅子はない。客人である彼女には申し訳ないが立たせたままで話をする事になった。    「申し訳ない、余りにも貴女が彼女に似ていたので、取り乱してしまった」  「いえ、お気になさらないで下さい。それより……祖母の事を覚えて下さっていた事が、嬉しいです」  その言葉に祖父は暫し黙り込むと、独り言の様に呟いた。  「……これまで彼女を忘れた事など、一瞬たりともなかった」  憂を帯びた表情で祖父は、いやダーヴィットは語り出す。まるでレンブラントの知らない人に見える。こんな表情も出来るんだと漠然と思った。 「それで、私に話したい事とは何かな」 「祖母のロミルダが、ダーヴィット様に会いたがっています。どうか祖母に会って頂けませんか」  深刻な面持ちで嘆願する彼女に、祖父は眉根を寄せた。 「彼女に、何かあったのかな」 「っ……」  言葉詰まらせ、彼女はキツく手を握り締める。その様子から只事ではないのだと伝わってきた。  そもそも、あんな無茶をしてまでレンブラントに会いに来たのだ、何か特別な理由があるのは分かりきっていた。 「……祖母は、もう長くありません。医師からは、後半月持つかどうかと、言われております。祖母は病床に伏せてから、ずっとうわ言で貴方の名前を呼んでいて……。最期に一目だけでも、会って上げて下さいませんか」 「ロミルダが……そうか……。分かった、明日にでも会いに行こう、いや彼女に会わせて欲しい」  その瞬間、大きく目を見開いた彼女は、勢いよく頭を下げた。 「っ……ありがとうございます」 (成る程、そう言う事か……)  祖父の態度と、彼女の話を繋ぎ合わせレンブラントは納得をした。ダーヴィットとロミルダは昔恋仲にあり、死期が近付き、懐かしさから昔の恋人に会いたくなったと言う訳だ。レンブラントは単純にそう考えた。
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