十三話

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十三話

「本当に、ありがとうございました」  ティアナは深々とお辞儀をした。  ロミルダが息を引き取った後、ダーヴィットはロミルダと二人きりにして欲しいと言って部屋に篭ってしまった。その間、レンブラントはティアナと隣室で待つ事になったのだが、とても気不味かった。  部屋に入るとティアナは終始無言のままで、窓辺に座っていた。  昔から秀才やら偉才やらと持て囃されてきたレンブラントだが、気の利いた言葉一つ思い浮かばない。こんな時、なんて言葉を掛けたら良いのか分からずに、一人おろおろとするばかりで情けなく感じた。  そんなレンブラントとは対照的に、彼女はびっくりするくらい落ち着いていた。動揺する事も、悲しむ訳でもなく、ただ窓辺に座りぼうっと外を眺めていた。まるで日向で日光浴でもしているかの様にすら見えてくる。ふと先程の彼女の笑顔を思い出す。  分からない。どうして彼女は、あんな穏やかな笑みを浮かべたのだろうか。幸せなままで死なせてあげたい、その気持ちは何となく理解出来た。だがしかし、彼女にとってロミルダは大切な人の筈だ。その大切な人が亡くなってしまったというのに、何故笑える……?何故、平然としていられるんだ。レンブラントにはティアナという人間が理解出来ない。  結局一言も話す事もないまま時間は過ぎていき、暫くしてロミルダとの別れを済ませたダーヴィットが部屋へと来た。帰る前にもう一度、ロミルダの部屋を覗いたがそこには侍女達が悲しみ啜り泣き、涙を流す姿があった。これが普通の人間の反応だ。  レンブラントはティアナを横目で盗み見たが、やはり彼女に変化は無い。涙一つ流さないなんて……彼女は、冷たい人間だ……そんな風に思った。 「何か、お礼をさせて頂きたいのですが……何分、私などに出来る事など、取るに足らない事しかございませんので、ご満足頂けるか分かりませんが」 「いや、礼など必要ない。寧ろこちらからお礼を言いたい。最期に彼女との時間を過ごさせて貰えて、本当に感謝している。ロミルダは、良い孫がいてくれて幸せ者だ」  穏やかに笑うダーヴィットに、ティアナもまた笑顔で応えた。そして彼女は、今度はレンブラントへと向き直ると、再び丁寧に頭を下げる。 「レンブラント様も、本当にありがとうございました」 「あ、いや、僕は……」  歯切れが悪いなんて、らしくない。今日は何もかもが、自分らしくない。その原因は分かっている……彼女だ。    帰りの馬車で穏やかな表情で座っているダーヴィットを見て、レンブラントは眉根を寄せた。 「……大切な人を亡くしたのに、何故彼女はあんなにも平然としていられるのか、僕には理解出来ない……冷た過ぎる」  思わず不満を漏らしてしまった。行き場のない気持ちがキツく握り締めた拳に込められる。 「レンブラント。本当に彼女がそんな風に見えたのなら、お前もまだまだという事だ」 「それは、どう一体意味ですか……」 「お前だけが悪い訳ではない。生まれ育った生温い環境が、お前にそう見せているだけだ。それに、何時の時代も女性は心を包み隠すのが得意だからな、仕方もない。ただそんな事では結婚は何時になるか分からないな」  そう言いながら軽く笑われた。  こんな風に笑って饒舌に自分に構う祖父は初めてだが、全く嬉しくない。寧ろ生温いなどと言われ、ムッとした。  確かに公爵家に生まれ、何不自由なく生きてはきたが、公爵家の嫡男として王太子延いては将来の国王の側近になるべく、重圧に耐えながら勉学や剣術、貴族としての嗜みなどに日々励み必死に努力してきた。それを生温いと言われ、納得など出来ない。反論しようと口を開いたレンブラントだったが、その前にダーヴィットが口を開いた。 「今のお前には、彼女を理解する事は到底出来やしない。見識の狭さはお前の欠点だ」
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