一話

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一話

(今日もまた失敗してしまった)  公爵家嫡男であるレンブラント・ロートレックは悩んでいた。実は今日、ある令嬢とお茶をした帰りなのだが、またやらかしてしまった。   「またダメだったのか」  城の中庭で円卓を囲み、四人の男と一人の女が座っている。レンブラントの向かい側に座っている緑を感じる茶色の短髪と茶色の瞳の青年は如何にも愉快そうに笑った。彼は侯爵令息のヘンリック・ジアン。幼馴染であり今は互いに王太子の側近という立場にある。 「女嫌いも大変だな」  そう言ったのは、左隣に座っている少し赤みを帯びた金髪と緑色の鋭い瞳の青年、クラウディウスだ。彼もまたレンブラントの幼馴染であり、また仕えるべき主でもある。クラウディウスはこの国の第一王子にして王太子だ。 「別に少し苦手なだけで、嫌いな訳じゃないよ」 「それにしては、何時になっても結婚相手が見つからないようですが?」  爽やかに笑って言い訳をするレンブラントに、右隣に座っていた長身で緑を帯びた灰色と黒の瞳の青年、侯爵令息のテオフィル・ポートリエが鋭く突っ込む。彼もまた幼馴染だ。 「それは……中々、僕に相応しい女性が現れないだけだよ」  鼻で笑い、金髪を掻き上げて見せるとクラウディウスの左隣に座っていた淡褐の雑ざる金色の波打つ長髪の青眼の女性が音もなく笑った。彼女も幼馴染の一人だが、クラウディウスの婚約者でもある、公爵令嬢のエルヴィーラ・オランジュだ。   「そんな事言っていると、一生嫁は貰えないかもな」 「……」  クラウディウスの指摘に言葉をレンブラントは言葉を詰まらせる。確かにこのままでは冗談ではなく、生涯独身になってしまうかも知れない。公爵家嫡男に、後継ぎが出来ないのはかなり重大な問題だ。しかもレンブラントには兄弟がいない。故にロートレック家はレンブラントが継ぐ他ない。 (最悪、養子を考えるしかないかも知れない……)  レンブラントは、まだ二十三歳ではあるが、もう二十三歳とも言える。自力で結婚相手を探す事早数年……。未だに誰一人として恋仲にすら発展した事がない。 「文武両道、容姿良し、家柄良し、若くして王太子の側近で公爵家嫡男と将来は約束されているイケメン貴公子! なのに、女性嫌いとか勿体ないよなぁ」 「だから違うって言ってるだろう!」  別に嫌いという訳ではない。ただ単に苦手なだけだ。それなりに女性に対して興味はあるし、結婚相手が出来たら勿論床を共にしたいとも思っている。  自分で言うのも何だが、昔から女性からモテる。モテ過ぎて夜会や学院などでは常に女性に群がられて、逆に苦手になってしまった。ギラついたまるで獲物を狙う様な女性達の目や、他の女性達を押し退ける醜い姿に嫌悪感を覚え、気持ち悪いとさえ感じる様になってしまった……。  だがそれでもレンブラントはめげる事なく、夜会で知り合った比較的大人しそうな令嬢を見つけてはデートやお茶に誘っているのだが、そんな令嬢も二人きりになると豹変する。猫撫で声で色目を使い、胸元を見せてきたり身体を寄せてきたりと、あの手この手で気に入られようとしてくる。今日もそうだった。お茶の席で隣に座り、身体を執拗にベタベタと触られた。始めは我慢していたが、耐えられなくなり思わず手を払い除け「触らないでくれるかな、気持ち悪い」と言ってしまった。 「でも、ロートレック家も面白い事を考える」 「確かに珍しいですよね」 「良いよなぁ、羨ましい」  何の事かと思うだろうが、それは何故レンブラントがこんなにも必死に自ら結婚相手を探しているかという理由に繋がる。  普通貴族ならば政略結婚が一般的だが、ロートレック家は違う。自分の伴侶は自分の責任で探す、という変な家訓がある。これはレンブラントの祖父が決めた事で、父もそれに倣い自ら選んだ女性と結婚した。 「僕は、迷惑でしかないけどね」  貴族に生まれた者の大半は、一度は恋愛結婚を夢見るものだと聞くが、レンブラントは違う。こんなに苦労するくらいなら政略結婚が良いに決まっている。 「そう言えば、レンブラント。君、最近付き纏われている令嬢がいなかったか」  白々しく話すクラウディウスに、レンブラントは自分の顔が引き攣るのを感じた。  エルヴィーラ以外の三人はニヤニヤとしながらレンブラントを見てくる。 「何だっけな、名前」 「確か……ティアナ・アルナルディ侯爵令嬢と仰いましたね」
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