五話

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五話

 ティアナはここの所休みがちだった学院に登院した。目的は、同じクラスのある人物だ。 「お願いします!」  勢いよくティアナは頭を下げる。  すると、赤い金色の髪が僅かに揺れ、鋭い灰色の瞳がティアナを睨む。放課後、帰ろうとしていた彼をかなり強引に捕まえて、人気のない裏庭に引っ張って来た。   「……」  無言で睨むだけで、うんともすんとも言わない彼はこの国の第三王子のミハエル・ジラルディエールだ。何時も不機嫌そうにしており、無口で一匹狼、近付き難い人物だが、今はそんな事を言っている場合ではない。内心かなり怖気付いているが、もう頼みの綱は彼しかいない。 「どうしても、レンブラント様に会ってお話したい事があるんです! 取り次いで貰えませんか⁉︎」 「……」  レンブラントは王太子の側近だと聞いた。ミハエルとレンブラントの関係性が分からないので直接取り次いで貰えるかは分からない。だが王太子の弟であるミハエルが、兄である王太子に会いに行けば必然的にレンブラントに会う事が出来る筈だ。  期待と嘆願を込めて、両手を前で握り締めミハエルに頼み込むが、彼の反応は薄い。  睨み合う事、三十分程。相変わらず変わらないミハエルの態度に、ティアナは鼻を鳴らした。 「分かりました、ミハエル様。もし取り次いで頂けるのでしたら、お礼を致します」 「……」  急に態度を変えたティアナをミハエルは不審そうな目で見て来る。このままでは埒があかない。ならば、一か八かだ。 「実は、私の特技は……美味しい〜ラズベリーパイを作る事なんです!」 「……」  ティアナの言葉に僅かにミハエルは眉を動かし反応をした。これはいけるかも知れない。内心グッと喜びながら、冷静を装う。  ミハエルが甘党だと知っていて良かった。その中でもラズベリーを使ったお菓子が好みらしい。まあ、ティアナに友人はいないので盗み聞きした情報なのだが、そんな事は今はどうでもいい。 「私なら時期関係なく新鮮なラズベリーで、頬っぺたが落ちそうなくらい美味しいラズベリーパイを、作る事が出来ます! 如何でしょうか⁉︎」  お菓子作りは正直余り得意とは言えない。何回か、興味本位で手伝った事がある程度だ。ただ時期問わず新鮮なラズベリーを用意出来るのは嘘じゃない。フレミー伯爵家の庭には、昔から何故か時期問わず常に様々な花が咲き乱れている。そんな中、ラズベリーやブルーベリーは祖母が好きなので、庭の片隅に植えられおり年中収穫出来るのだ。 「……その言葉、絶対忘れるなよ。もし反故にしたら、タダじゃ済まさないからな」 「⁉︎」  無口なミハエルが喋った事にも驚いたが、それよりも……。 「おい、聞いてるのか、銀髪」 「……」  (銀髪って……口悪っ⁉︎)  普段無口で一匹狼のクールなイメージがあったが、口を開いたらまさかこんなに口が悪いとは、呆気に取られる。 「おい」 「は、はい!」 「明日、昼過ぎに城に来い。取り次いでやる」 「宜しく、お願いします……」  腕を組み、偉そうにふんぞり返るミハエルに、ティアナは顔を引き攣らせながらも頭を下げた。
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