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改めて抗議したかったものの、去りかけた女性がこちらを見つめていて口をつぐんだ。
知ってる、と主張したら、
このひとは本当に帰ってしまうんだろうか。
まだ状況すらわからないのに。
「……売り物って、さっきのお酒ですか」
渋々と話を変えて、気になった語を突いてみる。
細目がぱっとこちらを向いた。
「そう! 参拝で賑わう境内にだけ生える香草で、
今じゃ正月ぐらいしか採れない貴重品!
杯に入れるともう格段に酒が美味くなるわけよ、
だからこの時期バカ売れすんの」
なんだか遠い世界の話だ。
でも、お酒を美味しくする草でどうしてひっくり返ったんだろう。
「ただ人間には強すぎて、
潰した時の香りだけでぶっ倒れんだよ。
で、さっきはこの早とちり娘、
わたしが参拝の子どもにとっ捕まったと思って、
一葉勝手に使ったの!」
黄色い拳が本気の悔しさでふるふるしている。
私はよほどの高級品をかがされたらしい。
「少し傷んでた。だから子どもに使えたのよ」
対して、腕を組む女性は飄々と言い放つ。
狐さんがぐるんと背後をにらみあげた。
「そういうのもねぇ、酔っぱらって前後不覚になってる奴を選べば売れるの!」
うわっ、悪徳商法。
「わ、あくどい。
こんなおじさんに謝るなら、この子に言おっと。
──さっきはごめんね?」
軽口のように非難して、ケープ姿がまた屈みこむ。
見つめてくる瞳は透き通る藍色だった。
人間離れすら感じる風情に、
私はまさかと思いつつ、
どうしても気になって尋ねてみる。
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