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あまりに質素なお正月の風景に、 私はふとそうもらした。 我が家も頻繁に帰省するほうじゃないけれど、 思えばこのお隣さんは、引っ越してきてから一度もそうした遠出をしていない気がする。 だからむしろ訊くべきでないかもしれないとはわかりつつ、どうにも素通りできなかった。 後から来た横宮さんは、 いつの間にやら急須と湯呑みをお盆にのせて、 「うーん、遠いし」 さらりと一言。 そのあっさり感にほっとして、続けて口が動く。 「以前住んでいた場所からは、 近かったんですか?」 「いや、遠かったかな」 「…前の場所って、 時計屋さんがいる街ですかね?  ……あと、もう一人──」 「別の街だよ。ここよりは近かったけれど」 慎重になった途端に遮られ、 鏡餅のそばでは緑茶がふわりと香りたつ。 器と中身のとり合わせが真っ当なのも、 ささやかなお正月仕様だろうか。 こたつに足を沈めながら、私はその暖かさをどこかうわの空で受け取っていた。 やっぱり。 年が明けた程度では、何も変わらないらしい。 無闇に踏みこんだ気まずさだけが残って、 まだ熱い緑茶を無理に冷まして流しこむ。 そうするこちらに気づいているだろうに、 横宮さんもそれ以上何も言わなかった。 まるで、 会話からまた質問が飛ぶことを避けるように。 答えてくれないわけじゃない。 それでいて、 ほしい答えをくれることはあまりない。 今に始まったことではないそのやりとりが、 近頃はひどくもどかしい。
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