第4話 猫の足跡を追って(3)

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第4話 猫の足跡を追って(3)

 ルイフォンの案内で、メイシアは食堂にやってきた。  扉を開けてすぐのところにあるスイッチを、ルイフォンがパチパチと入れる。高い天井から淡い光が注がれ、純白のテーブルクロスが掛けられた丸テーブルが浮かび上がった。  テーブルはそれほど大きくはない。十人は座れないだろう。今は椅子が五脚だけなので、それほど窮屈には見えないが、部屋の広さに対して小ぢんまりとした感があった。庭に面した南側は一面の硝子張りになっており、外灯が木々のまどろみを幻想的に映し出していた。  メイシアたちが入ってきた気配を察してか、奥の厨房から恰幅のよい初老の男が現れた。服装からして料理人であろう。 「ルイフォン様、お夜食でございますか? そろそろかと思って準備しておりましたよ」 「さすが、料理長。いつも悪いな」  ルイフォンが親しげに言う。 「わざわざお越しいただかなくとも、お申し付けくださればお持ちいたしましたのに」 「そりゃ悪いって。もう仕事あがってんだろ? ま、作らせちゃうのは同じなんだけどさ。――というわけで、頼む。腹が減って死にそうだ」 「お任せください。……そちらのお嬢さんは如何いたしますか?」  不意のことだったので、メイシアは反応が遅れた。 「え……、いえ。私は結構です」 「そうですか。では」  腹を揺らしながら厨房に戻る料理長にメイシアは慌てて声を掛けた。 「あ、あの……! お夕飯、とても美味しかったです。ご馳走様でした。……その、ありがとうございました」  料理長は振り返り「それは光栄です」と、外見に似合わぬ気取った礼をとり、豪快に笑いながら去っていった。  傍らでルイフォンがにやにやとメイシアを見ていた。 「お前、使用人と喋るのに慣れていないだろ」 「……はい。身分の違う者とは話すものではない、と。そう教えられて育ちました」 「だろうな。――でも、ま、大丈夫そうだな」  ルイフォンは納得したように頷くと椅子のひとつに座り、メイシアを手招きする。どこに座ったものかと悩む彼女に、彼は自分のすぐ右隣の席を指定した。  左肘を立てて頬杖をつき、ルイフォンはメイシアを斜めに見上げていた。足を組んだ、相変わらずの崩した姿勢である。それなのに、いつになく険しい彼の視線に、メイシアはどう対応したものか戸惑い、居心地の悪さを覚える。 「斑目を雇ったのは厳月家だ」  唐突に、ルイフォンが口を開いた。今までより一段、声色が低い。 「やはり、厳月家でしたか……」  メイシアの口から重い息が漏れた。  執務室で、イーレオが『斑目は、ある貴族(シャトーア)に雇われて、動いている』と言った。それを聞いたときから、彼女は、なんとなく察していた。  藤咲家と厳月家には、浅からぬ因縁があった。  どちらの領地にも良質な桑園があり、古くから養蚕と絹織物工業が盛んだった。故に、何かの式典の折には、どちらの家が王族(フェイラ)の衣装を請け負うか、熾烈な争いを繰り広げてきたのである。 「おかしいと思ったんです。凶賊(ダリジィン)が誘拐事件を起こしただけで、親族中が集まって上を下への大騒ぎをするなんて……」  誘拐事件なら、身代金を払うことで解決できるはずだ。  メイシアは瞬きもせず、じっと押し黙った。  話を始めたばかりだったルイフォンは、続けてよいものかと、メイシアを頭の先から走査して、膝の上できつく組み合った両手のところで目を止めた。  彼がおとなしく待っていると、やがてゆっくりと、彼女は口を開く。 「……もともと藤咲家と厳月家は、あまり良い関係ではありません。けれど、『今』、厳月家が動きました。――その理由になるような、『何か』があったのですか?」  メイシアの質問に、ルイフォンの眉が動いた。だから、彼女は語尾を言い換え、断定した。 「――あったんですね」  メイシアの真っ直ぐな眼差しを受け止め、ルイフォンは頬杖をやめた。崩していた姿勢を正して静かに口を開く。 「発端は、女王だ」 「え……?」  思いもよらぬ言葉に、メイシアは目を丸くする。それがどう自分と関わってくるのか、まるで見当もつかない。 「まだトップシークレットだが……。女王の結婚が決まった」 「女王陛下が、ご結婚……!?」  喜ばしいことであるが、しかし素朴な疑問が口をついて出る。 「女王陛下は先日、十五歳になられたばかりです」 「そんなの、王族(フェイラ)には関係ないだろ?」  メイシアの脳裏に、王宮の最奥を彩る、可憐な少女王の姿が描かれる。  天空の神フェイレンと同じく、輝く白金の髪に、澄んだ青灰色の瞳を持つ、神の化身――神の姿を写した〈神の御子〉。  黒髪黒目の国民は、〈神の御子〉を王に戴く。  しかし、〈神の御子〉の誕生は非常に稀である。しかも、天空の神が男神であることから、女王はあくまでも『仮初めの王』に過ぎず、この国では長いこと新しい王の誕生が待ち望まれていた。  結婚は、まだ早過ぎるのでは、とメイシアは口を挟みそうになったが、言われてみればルイフォンの言う通りであった。  メイシアが口をつぐんだのを受けて、ルイフォンが次の句を発した。 「既に、婚礼衣装担当家も決まっている」  はっ、とメイシアが息を呑んだ。  王族(フェイラ)の婚礼衣装となれば、藤咲家か厳月家のどちらかが担当することになる。  緊張に、全身が強張る。耳をそばだて、彼女はルイフォンの言葉を待った。 「お前の実家、藤咲家だ」  小さな息を吐き、メイシアは華奢な肩を下げた。  女王の一世一代の晴れ舞台の衣装。それを請け負うのは藤咲家にとって大変な名誉である。誇らしさと喜びに胸が熱くなるが、次の瞬間、メイシアの背筋が凍った。 「では、ハオリュウを――異母弟を誘拐したのは……」  メイシアの頭を嫌な予感が横切る。  婚礼衣装担当家が藤咲家に決定した直後の誘拐。  その実行犯である斑目家の背後には、選考に漏れた厳月家の影。  これらが符号していることは――。 「藤咲家に、婚礼衣装担当家の辞退を、要求するため……?」 「そうだ」
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