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これがいつもの光景
いつからこの世界が乙女ゲームなのか、それとも少女漫画なのか――とにかく、女性向けの何かの世界である事に気が付いたのは、二次元を好きになってからだ。
それと同時に思い知ったのは、異常なまでのキャラに対する固執する感情だった。同担拒否、ではないと私自身は思っているが、実際にはその気があるのは見て見ぬふりをしているだけです。推している好きなキャラとキャッキャウフフしている姿に妬んだり、周囲から推しキャラ=この人と扱われる人間に対する嫌悪感とか。
いや、その話は今は関係ない。
私がこの世界が何かの物語の世界だというのに気が付いたきっかけは、入学した高校の生徒一覧だった。
入学式の前に、物品を受け取らないといけない。その時にクラスの振り分けも提示される。その中に、いくつか珍しい苗字があったのだ。
珍しい名前や苗字は別に可笑しくはないが、その珍しい苗字は全て色が共通して入っている。
白鳥、蒼月、赤羽、桃谷。別に気にする事でもないし、その内の二人に関しては小学生時代から一緒だったから気にも止めていなかった。
だが、提示されたクラス表の前で棒立ちになってしまう。
(なんで、こんなに目を惹かれてしまうんだろう……。)
ただの名前なのに。
実際には、名前の違和感だけでなく別の違和感も生まれていた。
「██。」
確かに私の名前を呼ばれた筈だ。名前だった音に私は顔を歪める。
耳の奥を貫きそうな程の金切り音。はたまたテレビに映る砂嵐のような音にも似ている。
私の名前は雑音に生まれ変わっていた。まるで、この世界ではいらないものだと言いたげに。
「あ、えっと……倭?」
「何?声だけで分からないの?小学生の時から一緒なのに。」
私の隣に立つ長身の男は、気怠げに私を見下ろす。顔立ちが恐ろしく美しく、灰色の瞳は座って死んでいる。
この人には私が感じた変化は解らない。言った所で理解してくれるのかはわからない。
「今、名前を呼ばれたのと同時に耳鳴りがしてさ。ごめん。」
「あ、そう。俺には関係ないけど、面倒臭いからすぐに反応してくれないとこっちが動かなきゃならないから。」
本当にめんどくさい。肩を竦めたと思えば、興味を失せた表情で白鳥倭は私から背を向ける。
「あ、クラス分けの写真撮れたら俺と愛莉に送れよ。」
「分かったよ。」
スマホをかざし、クラス分けの紙を写真に収める。
すぐにスマホを操作し、メッセージアプリに写真を転送させた。止まってやっていると、すぐに倭からの催促が来る。
「歩いてやればいいだろ。」
「ご、ごめん。」
あはは、と作り笑いを浮かべる。
マルチタスクが苦手な私にとっては、一段落させてからの方が効率がいい。面倒臭がり屋で、同時並行で何でも出来る器用な倭とは相性が元から悪い。
本当は倭みたいにマルチタスクが出来れば、別の事だって手を伸ばせれるのに。それを言うと、怪訝そうな顔が返って来るので二度は口にしない。
嫌な顔をされるのは心にくる。好きな人だからこそ、余計に泣きたくなる。だから、彼の言う事を聞いて、機嫌を伺って、ヘラヘラと笑うしかない。
これが本当の私の感情ではないのは自分が一番分かっているけど、それを犠牲にしても良い程に好きな人に拒否されたくない。
写真の転送を終え、遥か先を歩く後姿に追い付こうと走り出した瞬間、向かいから来る人と肩が体にぶつかった。
「いった。ごめんなさい!」
「こっちこそ、ごめん。大丈夫だった?」
尻もちをつく事は無かった。私は、すぐさまぶつかってしまった相手に頭を下げた。
それは柔らかい声だった。男性なのは解っているが、それにしては優しい声音で思わず顔を上げた。
「ちゃんと、前を見ないと。気を付けなね。」
「本当にごめんなさい。」
色素の薄い黒髪に似合う青色の瞳が、柔らかく細められていた。一種の絵画の様な綺麗さに見惚れてしまいそうだった。
呼吸を一瞬だけ忘れそうになる刹那、倭の私を呼ぶ声に我が返る。
「██!」
痛みが私を正気に戻す。
不機嫌そうに舌打ちを零しそうな顔をした美人の幼馴染みが、待っている。このままトロトロしていたら大きな溜息が吐かれるのは必然だ。
もう一度、彼にお辞儀をして横を通り過ぎる。
案の定、幼馴染からは舌打ちをされ、面倒臭がれたのは昨日の事の様に思い出せる。だって、怖さに結びついた思い出だったから。
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