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side ウィラーロウーー
ぴちゃ………
水滴が冷たい石の上で弾かれる音に目を覚ました。
目前に投げ出された手を握り感触を確かめるが、動く事に問題はなさそうだ。だが、胸のあたりに違和感を感じる。
胸元に寄せた手の感触で何が起きたかを徐々に思い出した。
一直線に走る服の裂け目。それが胸元と、首筋を覆う襟を無惨にも引き裂いて1番下にある肌を見せている。
それでも首元の首輪は何一つ傷がついていないが…。
肌には爪が抉った部分が塞がりつつある傷跡。内側から響く鈍い痛みはあるものの動けないほどではない。
あの間抜けな男はアレで僕を始末したのだと勘違いしたのだろうが、僕はそう簡単に死なないように出来ている。
どうせ致命傷だと思い確認を怠ったのだろう。魔力もなく虫の息の人間に何かができるわけないのだから。
その点は感謝してやらなければならない。まあ、四散しない限りは大丈夫だろうけど。随分寝たからか魔力も元の通りに戻っている。
そう自分の体を確認し終わった後、周りを見渡すと自分が今どこにいるのかがわかってきた。
頑丈な金属の格子。
剥き出しの石畳。
上にある小さな窓から差し込む光以外何もない空間に、申し訳程度で置かれた壺。ここは牢獄かと理解する。
同時に、随分と懐かしいものだとも。
両手をついてゆっくりと起き上がると、びくりと部屋の隅の方で何かが動いたような気がして目をやる。
暗闇の中、前に伸び出た白い手に追いつくように徐々に顕になる姿は、まるで老婆のように皺に覆われていた。
「やっぱり……生きている…不思議」
「不思議とは、僕の方が聞きたいがな。お前、あの男に裏切り者の魔族と呼ばれていただろう。…魔力がなく姿をうまく保てていない。……なるほど、廊下の向かいにある玉に吸われているのか」
僕が目を向けるその先、金属の檻と薄暗い廊下を挟んだ向かい側の牢獄の壁に埋め込まれた異質な物体。
吸い取った魔力がどこかへと消えていくのが僅かに見える。
確か……魔族とかいう人種は魔力が無いと生きていくこともできないんだったか。だとすると、死なない程度に吸われているんだろう。
格子に寄りかかるようにしながら目の前の女を見る。擬態することなく頭から突き出た角が魔族たらしめるものだ。本の記述の通りだな。
「……」
「……」
お互いがお互いを観察するように眺める。
「お前、なんでこんなところにいる。あいつらの仲間…いや、裏切り者と呼ばれていたから“元”か」
「あ…はは。やっぱり…聞こえていたんだ」
ぼそぼそと聞き取りづらい声。
「なんでだろうね…貴方がクラクトヴァリスとまったく関係がないから、かな…。んっん゛ん…同族だからと、信じるんじゃなかった」
「…」
「取引をしよう。…ここに居るということは、クラクトヴァリスと敵対…しているんでしょう?貴方がさっき見ていた、あの玉。アレを壊して。魔力があれば、…私は元の姿に戻ることができる…力を、取り戻すことができるの」
「それを僕がやるメリットが無い」
「わたしは、そこらの信者よりは、この場所に詳しいわ。…貴方が何をするかはわからないけれど、散々わたしを痛めつけたあいつらに不都合のある事、するんでしょう。手伝う、勿論隷属で縛っても構わない」
「ふぅん……」
言葉の端々、目の動きを見ても特に嘘をついているようには見えない…信用することは出来ないが、術で縛り信用を補う、か。
感覚が戻っていく中、この場所自体があの重苦しい神の気配で満ちている。どこかに、体の一部が存在している。
床に穴を開けながら進むでもいいができるだけ消耗は抑えたい。無駄に仕掛けもあるようだし、罠だったとしても踏み潰せばいいだけのこと。
…そう考えると僕に魔封じも何もしなかった間抜け男は本当の馬鹿らしい。笑えるほど詰めが甘すぎる!
真剣な顔でこちらを見る二つの目に口の端を上げた。
「ーー望み通り、僕が契約をして魔術で縛ってやろう。紛い物の信頼で一時的に手を組むのも悪くはない。僕も初めての経験だけど」
「っふふ、紛い物の信頼、ね。…確かにその通りだ」
小さく吹き出した魔族の女は、魔力が無いからか緩慢な動作で僕の前まで這いずってくると静かに、頭を下げた。
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