01___偉大なる魔術師

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ようやく一人になることができたからと、手始めに現状をまとめてみようと身の回りの確認をする。 小さな書物机に近づき椅子に座り、腰につけている白紙の束の紐を解いて机の上へ置いた。 適当に縛りつけているそれはいつもメモの代わりに使っている物。 一緒にポーチから記述筆を取り出し魔力を通して数度振ると、先端が黒く滲んできた。これでもう使える。 太陽神アルマレリアというこちらの世界の神がまず、僕を白い空間へと連れてきた。いわゆる神界と呼ばれる場所だろう。 「僕は…もともと僕がいた世界から白い空間を通してこの世界へと連れてこられた。世界を超えた転移術なんてそれこそ失われた技法だ」 独り言を口にして尚更実感する。世界を超えたのだ、と。 違う世界から呼び出し世界間を移動した力。神業とはまさにその事だ。 神にこの世界へ放られたとしたのならシュウを呼び出した陣に一切の関係がないだろうが…隣の部屋にいるシュウの足元にあった物も転移陣だろう。 一瞬だけ向けた視線の先には歪ながらも美しい線が組み合わせられていたのを覚えている。 見ることができるだけで得られるものもある。もう一度じっくり見てみたいと素直に思った。 机の上にポーチの中身を取り出して並べてゆく。 持ち物は身に付けていた服、腰のポーチ。紙束。 ポーチの中には記述筆、十数枚の魔術紙しか入っていなかった。当たり前だ。本来こんな場所へ来る予定などなかったのだから。 僕が読んでいた本も、傍に立てかけておいた杖もない。杖なんて無くても魔術は使えるけれどもあの杖はーーまあいい。 部屋の中にあった黒い椅子に腰掛け、紙に筆を走らせる。アルマレリアが言ったことが本当なのであれば、女神とやらを救うことでこの首輪から解放されるのだ。 戻りたいだなんて神の前では言った。しかし何もせずに戻ればまた自由は奪われてしまうだろう。そんなのはごめんだった。 「こんなところか。…これさえなければ、あの腐った世界を全て壊してしまえたのに…まあ、神だ神だと煩い場所から出られたんだ。そこだけは感謝しよう……本当に忌々しい」 首元まで覆っている服をくつろげ、慣れた手つきで首元のそれに触れた。思わず舌打ちが出そうになるのをすんでで堪えながら、暗い夜を映す窓から外を見た。 小さな星々が空を埋め尽くしている。空に見える月は弓形に二つ並んでいた。これも、元の世界とは違う点だ。 僕の記憶には自分が自分では無くなった時が何度か存在する。 全ての国を従えさせようと周辺国と戦争を始めた時。 邪教を信仰しているという名目で遠い大国が攻め込んできた時。 大陸で一番大きな森から恐ろしいほどの魔物の大軍が現れた時。 いつも血と土に濡れた戦場の中心で立っている自分に気がつく。そして最後には狭い一室に横になっているのだ。 数日をかけてじわじわと戻ってくる記憶に蝕まれて眠れなかったこともある。 両手は赤く血塗られている。 「っはは、あいつら、この僕が消えたらどうなっているのか考えるだけでも楽しいなあ…!外面ばかり大きくなって国内がぐちゃぐちゃなのに、四方敵だらけの中僕という抑止力はもうない…っと」 最後の1文字を書き終えた紙を満足げに見て笑った。 どうすれば妹らしい女神を救えるのかは分からないままなのだがーー 「僕にできないわけがない」 そうと決まれば隣にいるシュウの所に行こうか。あの場で思念魔術の声を聞いて従っていたようだから有効に使ってみせる。 シュウは勇者として呼ばれたのだ。何かしらできることはあるだろう。思わぬ知識も持っているかもしれない。それに… 「勇者とやらがどんな存在かなんて知らないけれども、どうやら戦うために呼ばれたようだ。彼にもなんらかの力があるはずだ。戦えぬ者を呼ぶ酔狂じゃない限りは」 ポーチの中に物を戻して勢いをつけて椅子から立ち上がる。 入ってくる時より幾分か軽くなった足取りで扉の前まで行き手をかけた。 「そうと決まれば僕の大事な“片割れ”を呼ばないといけないな。放っておくと拗ねてしまう」 頭に思い浮かぶ高いソプラノに、自分でも気がつかないうちに笑みが浮かんでいた。 ーーーーー 記述筆(きじゅつふで)…魔術陣など、魔力に関係する文字や線を描くために作り出された道具。インクがいらないことから魔術師達の普段使い用としても使われる。魔力を込めると魔力自体が液状になり筆内部に溜まる仕組み。液は一定時間で霧散する。
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