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一人として立っていない訓練所の真ん中に立ち、足元に触れる。均されてはいるが剥き出しの土。
些か術を描くのに手間取るがこのぐらいなんとでもなるだろう。
『展開』
掌から頭に描いた魔術陣を展開する。
この世界に来る前に改良を加えていた魔術陣を敷き、陣の中に書かれた一文字一文字に手を加えてゆく。
贄に価値を与え、杖の在処を導き出した。
広がった魔法陣の上…四方に魔力を込めた文字を連ね、中央にダウラスから受け取ったバレッタを置く。おそらくこれでは足りない。
不足分は物は元の世界での繋がりを補充して足しにする。
声は使えない。思考もあまりに膨大な陣の処理にほとんど割いている。
ポーチから簡易魔術陣を取り出し少し弄る。数段威力を落としたそれに魔力を込めて起動すると、見えない風の刃が術者であるロウの手首を切り付けた。
「血が…!」
血は最高の魔術媒介になると同時に繋がりを生む。
呼び出そうとしている杖はそこらで売っているような杖でも、代替えにして納得できる物でもない。
手首から勢いよく流れ出す血にくらりと眩暈を感じるも、限界まで血溜まりを作った頃に別の簡易魔術陣で傷口を焼き止血する。
足元はバシャバシャと跳ねるぐらいの血だまりができていた。
「おい、お前!」
「うるさい!黙っていろ!」
外野から聞こえてきた野太い声にキッと睨み返すと騒いでいたざわめきも聞こえなくなる。いつの間にか人が増えていたようにも見えた。
再度掌を血溜まりの中、はじめに陣を組んだ場所に宛てて道を整える。
血溜まりが意思を持ったように波打ち、線を描き数分と経たないうちに赤黒い線で陣が敷かれていた。
魔力を流し始める。言葉が力を持つ音と共に陣が魔力に満たされ始めた。
『今は遠き世界の奇跡を辿る』
『血族の縁 記憶を辿り姿を現せ 世界の名ーーっ』
唱える言葉にも魔力が籠る中、指定する段階になり頭痛がロウを襲った。
世界を特定するための贄が足りないのだ。
「チッ……どこまで燃費が悪いんだ。僕の血と魔力と供物を捧げても足りないなんて」
だが自分が持ってこれた物は少ない。ポーチから記述筆を取り出した後、落ちない様に懐にしまう。
手に付着した血で服が汚れるのも厭わず腰から下げていたポーチを取り外すと、すでに陣に飲み込まれたバレッタを置いていた真ん中に中身をぶちまけてから落とした。
さらに簡易魔術陣を描くための紙…今まではメモ代わりに束にしていたそれも落とし、詠唱を再開する。
ポーチから飛び出てばら撒かれた大小さまざまな紙。地面に描かれたような魔術陣に、文字がびっしりと書かれたそれらが宙を舞って地面へ落ちて行く。また手を魔術陣の上に乗せる。
今度は止まることなく言葉を紡ぎ始めると魔力が正常に流れ始めた。
パチリと空気が爆ぜる音。暗闇の中に見える静電気よりもかなり強い光が視界を奪う。
引き寄せられる感覚。普通ならば術者が数人揃って行う行為を一人でやっているのだ。限界まで注ぎ込むとブチブチと何かが切れる音、ふわりと頬を撫でる手のような感触がして細長い存在が現れ始めた。
『猶予は一年ーー』
ーーー静寂。
全ての存在が消えた。
荒く吐き出される息を整えてから目を開くと、地面に付けていた手の先に1本の杖が落ちていた。
無事呼び寄せることができたことに安堵を覚える。相当量の血を失ったからかふらつく体を無理に起こしながら、もう2度と離さないと両手で杖を握りしめた。
「ロウっ!大丈夫か、あんなに血が……それは杖?」
「今のは召喚か…?」
「そう。僕の半身だ」
全てが終わったと悟ったシュウ達は僕の元へと駆け寄ってくる。あれだけ血を流したのだ。常人だと死んでもおかしくない。
心配だと顔に書かれたシュウと顔には出さなくとも自分の身を心配している面々に呆れこそすれ、かつての神官らに対するような苛立ちは感じない。
それがどこかくすぐったく、気がつけば口にはうっすらと笑みが浮かんでいたのを知ったのは少し後の事だった。
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