02___喋る杖と首無の霧巨人

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どこか甘いような独特の香り。等間隔に並べられた椅子は数がなく、扉から1番遠い椅子に座りながら古びた書物を捲っていた。 机に立てかけていた杖に目を向ける。 ロウがこの世界へとやって来てから早くも一月程が経とうとしていた。 杖は予想していたよりも多くの供物を捧げる必要があったのは誤算だった。 しかし今、手元には杖があるのだから全て些細なことなのだ。血や魔力などは放っておけば勝手に増える。 さすがに次の日は魔力欠乏でろくに動けず部屋から出ることは無かったものの、今は歩き回ることも出来る。 こちらへ持ってきた持ち物の大半を呼び出すのに使ったのは痛手だが、この杖ならば仕方がない。 何も問題はない。 ロウと同じ時に生まれた杖は意思を持つ稀有な物だ。 かつての世界でも知る限りではこの杖以外で一つしか見たことがなく、それも呪われし塔に厳重に封印されているいわば魔剣だった。魔剣は意思はあるが使用者の体を蝕む。 今居るのは何代か前の王が知識欲に負け、国庫のギリギリまでをも使い書物や古き時代の代物を集めた塔らしい。 城のすぐ近くにある王家所有の林の中に一際高く立っているそれは地上と地下に広い空間を有しており、今もなお空きがあるほど。 肝心の中身は大半が素人が見たところで分かるわけがないようなものばかりだ。 一日程度あれば文字などは理解することができるとはいえ、言葉が同じ物でも相違がある。 だから起きてからずっとこの塔へ足を運び続け、必要な知識を溜め込んでいた。ただーー 「…文字で知るだけでは足りない」 他世界であるからか、自らの情報の理解が追いつかないような事象現象がある。だがこの場には塔の管理者とジェメリしかいない。 この塔を管理している男と会話を試みたものの、本の中身を知りことすれ知識だけという点で見れば僕と大差ないだろう。 それに…と考えを巡らせる。 シュウのいた場所は魔術どころか魔力すらなかった。しかし、なぜか知らないが知識だけはある。 知らない知識を平然と、なんて事ないように言う。 だからシュウには色々と問いただしたいことがある。 当の本人は「こんなことになったんだから、俺も少しは戦えるようにならないと。戦神の闘心もあるみたいだし」と言い毎日のように騎士に交じって戦闘指南を受けに行っているのだ。 熱心なことだ。 『…後でもいいと思うけどな…まだ本を読んでいたいよ。あんまり時間はないんだけれど』 「……」 『あの子も身体能力はそこそこあったようだし、身を守るぐらいの力はあった方がいいと思うの。ロウがずっと守っているわけにはいかないんだよ?』 「…知っているし、連れていくかもまだ決めていない」 『そんなこと言って。言いくるめてでも連れていくつもりだったじゃない』 黒く艶のある机上に腰を下ろし、先のない足をふらふらとさせている少女に向かって話しかけるがまだここにいたいの一点張り。 半透明の体を揺らし、机に散らされた紙に目を向けてやれやれと手を仰ぎながら指先の風で本を捲るのは意思ある杖。 ロウとは反対の配色をしたオッドアイがじっと本を見つめていた。 杖の銘はウィル・ジェメリ。 今は無き世界樹の杖。 『でもこの世界の体系はすごく単純だけど、面倒臭い、ね。なんでわざわざ複雑にするのかな。魔力の通り道が違うだけなのに、面倒だよ』 「なに、分からないのだろう。ここと、あとここも無駄だ。余計なものが入りすぎているから乱れる。無理に動かしている様にしか見えないな」 この世界の魔法、魔術は僕のいた世界のそれとは全く違う代物だ。 僕の世界では魔法は術式を介さずに行使する物。 例えば精霊に呼びかけ魔力を対価にする精霊魔法や、無機物や自らの命を対価とする死霊魔法などの事を指し、魔術は言葉や陣を用いて魔力を現象へ変換することだった。 僕が普段使っているものもほとんどが魔術だ。 だというのに言葉を使うのは魔法、陣を使うのが魔術、それ以外は邪法であって魔法でも魔術でもないとか。初めに枠を決めてしまっている。 世界の作りは似通っている部分が多いと感じるから尚のこと。 『しかも神に祈るんでしょう。祈祷魔術だよね』 ジェメリが笑う。本当に笑えてくる。最も違和感を感じるのは魔法、魔術体系ではなく、その練度。 この世界には生命を脅かす魔物がいると書かれている。 普通であれば危険なものは排除する。排除するために使う武器はより強いものを求めるだろうし、より練度ある術式を求めるだろう。 しかし言葉や陣全てに神への祈りが込められている祈祷魔術は言ってしまえば神への祈りが半分の割合を含むことが多い。 神への祈りは神を司る力を宿す。 自らがいた世界のように既に神の手を離れた世界ならいざ知らず、複数の神が見守るこの世界では簡単に術の位を上げるのに適しているだろう。 だからこそ、祈り以外の全てが疎かになる。 なんなら身体強化魔法を使う戦士達の方が練度が高いほどだ。 まあ、この国の技術が低いだけなのかもしれないが。 最後の数ページを流し読みし、パタリと本を閉じた。 空気に押されたのか、小さな埃が灯りに照らされて舞い上がるのがはっきりと見える。時間帯で言えばまだ朝と言えなくもないからか。 歴史を見て、神話を眺めてはいるが…僕の興味を引くことではない。だがやらなければ始まらないのだから仕方がないというもの。 情報というのはいくらあっても困ることはなく、ましてやこの世界の神を救えというのだから何かしら転がって入るだろう。 人々の間で謳われる神話に見た名に、苦虫を噛み潰したような気分になる。思い出しただけでもイラッとくる。 あの白い空間の神は正しくこの世界の神だったと。住人が言っていることと相違ないと確信したのだから。  
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