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「ここ一週間は顔すら合わせていない。短時間で力を得ろとは言わないが、少なくとも逃げ回れるぐらいにはな」
それにーーと考える。日の下でよく見えるからなのか。美しい白が僕が縛られていた場所に酷似しているように思えてしまうからなのか居心地が悪い。
決して認めたくはないが。
使用人や文官、騎士と思われる者達と何度かすれ違いながら目指しているのは訓練場。
以前ジェメリを呼び出した訓練場とはまた別の場所で、シュウが戦闘訓練を受けている場所と言っても良い。
まだそんなに近づいてもいないのに大きな掛け声や金属同士ぶつかる音が空に響いていた。
余談だが、この国にも魔道師団なる魔法や魔術を主に使う国直属の組織がある。召喚の時に周りにいた黒いローブのものではなく、歴とした国に使える騎士と同等の位を持つ術者達。
紙面で魔術や魔法の成り立ちを見ただけで特に得る物はないと気にしてはいないが。
執務をしていたらしいダウラスから場所を聞き出し、近くの文官の男に魔道師団のある建物への案内をさせた。
だが実際の所僕が思っているより…いや、本に書かれているより酷いんじゃないかと。
もしかしてあの召喚陣を書いたのはこの世界でも上位に入る魔術師だったのか、はたまた過去に神が与えた物なのかもしれないが、真相はわからない。
まあ、魔道師長である女は他のものより抜きん出ていたようだ。
僕がジェメリを“1人で呼び出した”らしいと耳に入れたのか、次の日に部屋に押し入って来た姦しい女が魔道師長と聞かされた時は思わず舌打ちをしてしまった。
煩いのは好きじゃない。
訓練場手前にある扉を開くとちょうど二人が中央で鍔迫り合っている所だった。片方はシュウ。片刃の剣と、両刃の厚めの剣。相手はこの国の騎士団長だとかいう男。確か名前は…モルゲ。
おそらく手加減はしているのだろう。それを抜きにしても体格の差が大きい。
だが手を抜いているわけではなく、相手に合わせて技量を抑えていることからモルゲは相当な手練れだとわかる。
ふっと力が抜ける。今までかなりの力で剣を押していたのだろうシュウがバランスを崩し剣を持つ手が緩む。
その隙を利用してモルゲの持つ剣がシュウの剣を絡め取り弾き空を舞った。
どうやら訓練は順調に進んでいるようだな。
召喚された時よりも筋肉のつき具合や動きが見違えるように変わっている。
常人と比べれば早い。これも異世界から召喚されたからか、はたまた軍神の闘心とやらの影響なのか。
争いのない平和な国から来たと本人は言っていたが、既に訓練用の刃を潰した剣ではなく真剣を使っているのは順応しすぎだと思うがな。
『空を踊る風よ』
何にしても無駄に剣を欠けさせるよりは良いだろうと判断する。
持っている杖の先を弾かれた剣の方向へ向け詠唱。ほんの少し風を動かす、それだけの簡易な魔術だ。
何もしなければ山なりに落ちて甲高い音を立てたはずの剣は、地面に着く前に周りにまとわりついた風の影響でふわりと地面にその身を横たえた。
「ロウ!久しぶり」
「ん?おお、ロウ殿!今日も塔へ足を運んだと聞いたが…息抜きか?」
掲げていた杖をおろして二人の近くへと歩いていく。周りにはまだ訓練中だったり今までの戦いを見ながら休んでいた騎士がいる。
改めて僕の方へ体の正面を向けているシュウを見た。
伸びた髪を後ろで軽く括ってひとまとめに、そこら辺にいる騎士と同じような服装をしている。腰には剣の鞘。手には剣だこ。
(聞いた話だと剣術以外にも僅かばかりの生活魔術と探査魔術を使えるようになった…だったか)
「なんだ、もう十分に動けそうじゃないか」
「そういうロウはすこし浮かない顔をしているように見えるけど」
「お前には関係のないことだ」
「ですよねー…」
しょうがないとでも言いたげな顔をするシュウは、動いた後だからか息を少し切らしている。
モルゲも剣を下ろして近くに置いてあった布で汗を拭っている。どうやら僕が来たことで訓練をやめたようだ。
僕は腰に下げていた紙束を取り出しながら一緒にペンを取り出す。魔力の扱いはとても良いとは言えないが、魔具の類はそこそこ発展している。
このペンもそのうちの一つで僕の持つ記述筆とは違うが、魔力を流すと文字を書くことができるーーただし、魔力を込めることはできないーー物だ。
紙の表面を焼いて色をつけるような構造だな。
「…ロウ?その分厚い紙束と筆記用具は何かな」
「お前の世界の認識を聞こうと思っていたのだが?僕の方が強いとはいえ、僕の持つ知識や経験は僕の世界の物。そしてこの世界とも違う。黙って答えろ」
「確かにそうだけどさぁ」
「休憩だと思うといい。その時間、僕が有効的に使う」
「いや、俺の時間は俺のだし。まあ良いけどさ」
初めからハイと言っておけば良いものを。
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