02___喋る杖と首無の霧巨人

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塔にいた時にこの国の地図を見た。 この国の周りは所々ある森以外は開けた平原が続き、山々も遠くにある。カルデラのように高い壁に覆われていない。海もなく川も大きなものはない。湿地も何も、霧が発生しそうな要因はない。 それなのにこれは…何だ。 「っ!!なに、」 シュウが突然のことで空を見上げようとしたその時、鉄鐘の音が鳴り響いた。訓練をしていた、あるいは休憩をしていた騎士その鐘の音を聞いて装備を整えていく。 ものの数分で全ての準備を終えたらしい騎士共は、僕とシュウには目もくれずにモルゲに指示を仰ぎ訓練場から外へと。 まるでこれが何かをわかっているかのように。 「…何があったのか説明をしろ」 先程よりも視界が悪くなった中、モルゲに問う。迷いもなく部下を走らせていたお前なら知っているんだろうと目で問いながら。 「…数年前から現れるようになった魔物だ。姿形が異なり、急に現れることから“霧者(ミスト)“と呼ばれている」   霧者(ミスト)。3年ほど前から各地に現れるようになった魔物の一種で、体は不定形に近く全身に霧を纏っている。 傷を与えると傷口から霧が発生する。 大きさや形に法則はなく、人形がいれば獣形、形容し難い姿をする事もあるという。 傷を広げていくいくうちに、体の形が保てなくなり最後は溶けるように消える。後にあるのは破壊の後だけ。 傷つけられると急激な脱力感があることから命を吸い取られると唱える研究者もいる。 魔物は体の中に必ず魔石を持っていることから魔物ではない、だが魔物としか言いようがないと言ったところだろう。 数年前から、ね。 杖を片手に持ち、騎士達が出ていった彼らが向かったのもおそらく霧者の所だろう。さっさと行かないと見ないうちに消えてしまうかも知れないからな。 「待て!あれは人の手に負えるものじゃない!」 人の手に負えない? なら何故3年も耐えることができていた。 「人の手に負えないのならお前の部下は何をしに行った。それに、何度も現れているんだろう。誰一人として悲惨な顔をしていなかったが?」 辺り一帯に大きく響く鐘の音。誰一人として慌てることなく指示に従うその姿は、すでに幾度となく経験しているかのような速さでもある。 既に慣れも入っているのではないか? 「…それは、そうだが。しかしあれは」 「自分のことは自分で決める。どちらにしろ一度は見てみたいと思っていたんだ。手出しできないかどうかは僕が決める。そこで大人しくシュウのお守りでもしていればいい。どうやらここには現れていないようだからな?」 「ちょ、ロウ!待てって!」 「お前は来るな」 何か後ろで雑音が聞こえるがまるっと無視をし、走る。 複雑な道は奥に見える何度か曲がり、門番が守る門を抜けると目の前には貴族街と思われる複数の豪邸と…… 「…なるほど、霧者とは上手く表現したものだ」 都を囲む石壁の奥に、うっすらと浮かび上がる巨大な首無の巨人の姿があった。 息を浅く吐きながら人気のない道を走り抜ける。 辺り一帯はたまに聞こえる大声以外何も聞こえない。あれだけ多くの騎士が外に出たにも関わらず人の影一つ見当たらないのは、騎士がうまく民間人を誘導していたからなのだろう。大通りを真っ直ぐに走り抜け、貴族街の門と思われる場所を通過。 有事の際だというのに門を守るように立っているのはある意味門番の鏡と言えよう。 貴族街の門を抜けた先には道の両脇に看板を携えた店舗が立ち並び、時たま出店のようなものまであるが全て無人。 逃げたのだろうか。もしくは家の中に隠れているか。人の気配がある…家の中か。あれだけ遠くに見えていた霧の巨人は近づくにつれ大きな姿を見せている。 霧が濃くなる。だが、外へと近づくにつれ人の声も大きくなってゆく。 「ーーー!」 「ーー」 「……」 ふと、魔力が高まるのを感じ取る。発生源は石壁の上、ちょうど霧の巨人の真ん中あたりに陣取っているようだ。歩いたのでは間に合わない。 石壁の周りに陣取る騎士が邪魔だ。 『血肉巡る肉体の制御 風を纏い空を駆ける』 次に出すはずだった右足。爪先が石畳に触れたところから魔力を込め思い切り踏み込むと、僕の体は軽くなり高く跳躍する。 四級上位風魔術と三級下位重力魔術の併用だ。効果はまだ30秒ほど続くからと道を軽く飛び越え石壁の目の前へ。 流石にこの高さを一息では越えられないから、途中に足場を作る必要があるな。屋根の端から高く飛び、着地地点あたりに杖を向け石の足場を作る。 それを踏みまたさらに飛ぶと見える石壁の上の通路には、しつこいぐらい僕に付き纏っていた魔道師長の女と、そろいのフードを被った術者数名がいた。
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