02___喋る杖と首無の霧巨人

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何が起きたーーいや、僕はわかっているはずだ。 記憶は覚えている。ほんの少し前の記憶だ…あれは意思だ。かつて生き物だった者達の嘆きの声だと何故か僕は理解をした。 初めて聞く亡者達の声。意識が明瞭になるにつれて段々と何を言っていたのかを知る。 『なんで…』 『ここで死ぬことになるなんて』 『違う、私は…!』 『来ないでよ!いやっ』 『ーーーたすけて』 「……死霊術師が死者に問う意味がようやく理解できた。したくもなかったが、どうやらこれが僕の道標となるようだ」 かつての僕に死者の声を聞くなどという器用な真似はできなかったはずだ。でなければ僕は既に潰れている、だが。 適正もないのに声を聞くことができる、いや聞こえるようにしたのは誰かは想像がつく。 必要なのだろう。囚われているのだと気づかせるために。 現にあれがなければただ冷たいだけの皮膚と僕は認識していただろうからな。 どのみち僕がやろうとしていることは変わりない。 「余計な事を、とも言っていられないな。魔物ではない、思念体が形をとっている?…だが先ほど触れたのは紛れもなく実態がある。なら試してみるのが一番いいだろう」 いつまで巨人が消えずにいるのかはわからないが的が大きく、必ず当たるいい実験台だ。みすみす機会を逃してしまうなど勿体ない。 杖の先に魔力を込めていく。 魔力による攻撃が効きにくいとは考えられない。魔力が効かないなら何故魔力障壁に弾かれる。 行使するのは五級属性魔術。そうだな…火でいいか。 城壁に背をつける形で杖を構える。頭上では再度手が振り下ろされたのかごうと風の唸りが聞こえた。 『姿無き炎に形を表せ』 杖の先から矢の形をした魔術が打ち出される。 物質として固定された無形の火は傷口から燃え広がるように皮膚を焼き、霧を巻き込みながら燃え広がる。 剣でも切りつければ傷は負うらしいが、魔導師長(あの女)の言っている事は嘘だったのか? 深く空いた穴から視界を埋め尽くすほどの霧が出て視界を奪う。 「魔力による攻撃は効いているじゃないか。話が違う……違いがあるとすれば、魔力の使用方法…神、か?」 僕の使用する魔術や魔法は全て僕のいた世界で培った物。根本から仕組みが違う。比べて、この世界の魔術は神の息吹がかかっている。 ……。 『苛烈なる太陽の神よ 我が願いを聞き届け 我が魔力を糧に今ここに全てを貫く槍を顕現させよ』 試しにと先ほど聞こえてきた呪文を真似て、一度だけ会った神を思い出しながら少量の魔力を込める。 込めた魔力にしては大きな炎の槍が形成される。 自分の制御かにある槍を一つ奥にある2本目の足に向けて放つ。 しかし目の前の霧に溶けるように相殺され、穴どころか傷一つつけることができずに霧散してしまった。 「…確定か。…ああ、これが消える前兆か」 考え込んでいると辺りを漂っていた濃霧が少しづつ色を薄めていく。 上を見上げると青い空の端が見え隠れし、大きな巨体は霧と共に大気に散っていく。 時間が経つと消えるのはこの事を指していたのか。 霧の巨人が消えるのと同時に、都の半分を覆っていた魔力壁も剥がれ落ちるよう空に溶けていった。 「あなたは何をしたのかお分かり!?自らの命を危険に晒さずともそのうち消えるって言ったじゃない!どうして大人しくしていないのよ!!モルゲは止めなかったの!?」 石壁の一部にある門が閉ざされていた。当たり前だが。開けるのも面倒で登った時と同じ方法で石壁の上に戻ってきたが…うるさいな。 耳を押さえながら目の前でキーキーと喚く魔術師長を横目に町を見下ろす。 霧が出ていた間は家に閉じこもっていた人間が再度鳴り響いた鐘の音、今度は一回だけだが、それを合図にしたかのように動き始める。 もぬけの殻だった屋台に人が戻り、広場には子供が集い遊び始める。 もとより倒すつもりではなかったのだろうな。 術師は防御に徹し、騎士は民の安全と人がいなくなるからこそ起こる犯罪の抑止と言った所か。 「聞きなさいよ!」 「エリーゼ様、この人は…」 「あら、貴方は知らなかったかしら…そういえば戻ってきたばかりだったわね。この方は」 「くだらない話は僕の居ない場所でやるといい」 「ちょ、聞こえていたのなーー」 にしても神の力ががと僕は仮定したが、どうにも気がかりがある。 まずはその気掛かりをなくすためにこの国の信仰の源へと行くとしようか。ああ、シュウも連れて行こう。あれは僕とは見えているものが違うようだ。 ふわりと軽く跳躍して石壁から屋根に飛び移る。そのままもう一度飛んで道へと降り立ち城のある方へ足を動かした。
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