02___喋る杖と首無の霧巨人

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「この神殿ははるか昔、太陽神アルマレリア様が眷属神と共に作り上げた神の庭でございます」 神子は名をレマ・アルマと名乗った。神殿に入る者は家名を捨て帰依する神の名を借りるらしい。 その証拠に目の前のレマも元の名前は名乗ることはないのだと言う。 表の聖堂から奥へと行く手前で侍女は待機している。今僕とシュウが進んでいるのはその奥、地下へと続く階段の上。 魔導燈を灯しながら進んでいく地下の階段はいくら地上が明るくても薄暗い。 「お前は霧者を知っているのか」 「はい。姿は存じ上げませんが…私はいつも鐘の音が鳴ると神像の前で祈りを捧げておりますから。ですが、あのモノがどのような存在かはとてもよく知っております。どうして頻繁にこの地へ現れるのかも」 言いながら下へと続く道を降りていく。しばらく無言で進み続けた先にあったのは薄青の淡い光を放つ水面、その中に沈んだ大きな水晶体だった。 これは…何かを閉じ込める檻か。僕の目にうっすらと映る魔力の線と、混じるように交差する得体の知れない力の線。 だが覚えがある…なるほど、ここが神の庭と言われるのも正解ということか。 レマが灯りを持ったまま進み、水深の浅い水に入る。一歩一歩進むごとに現れる光の波紋。そして光に翳された水晶体の奥には黒い何かが有った。 隣を歩くシュウが惹きつけられるように覗き込みポツリと呟く。 「なんだあれ……」 「あれらは全て、惹きつけられるよう集まっているのでございます。こちらをお持ち頂けますでしょうか」 「あ、はい」 「ロウ様。私は貴方様を遣わしてくださった神に感謝をするのと同時に、貴方様の肩に全てを委ねなければいけない事をとても恥ずかしく思います」 「…」 「私はアルマレリア様の声を受け取ることしかできません。アルマレリア様からは『私が遣わした2人に渡せ』と。私はどうなっても構いません。どうか、よろしくお願いいたします…」 2人…? 確かに今この場にはレマ以外には僕とシュウの姿しかない。 シュウは愛し子が勝手に呼んだ存在だから…もしかして、僕とジェメリの事を言っているのだろうか。 レマが浅い水に膝をつき両手を祈るように合わせた。 口から歌にも似た旋律を口にした。 「ーー・ー・ー……」 水底が淡く光る。 水の中にあると思われていた水晶体はどうやら見えざる底に封印されていたのか、僕たちが立っている足元に文字と紋様が刻まれた。 尋常ではない重苦しい気配。 「…っこれは」 競り上がる水晶体は粗く削られたように鈍く光る。 浮き上がる文字の帯。水面に立つように浮かび上がる姿に不覚にも僕とシュウはただ見ていることしかできなかった。 祈りを捧げていたレマが言葉を止め、振り向く。 先ほどまで色の乗っていた目は白く濁り、静かに涙を流していた。 「お前…その目は」 「封印を緩めている代償でございます。今の私はほとんど見えておりませんし、動くこともできません。…私と同じ神子として神に使えていた先代より、この忌むべき物を封印する依代として封印を受け継ぎました。私以外に知る者は教皇のみ」 「封…印?」 「今より昔、世界が暗黒に包まれていた時代に大地へ落ちた邪なる神…邪神の肉体を封じた物でございます。これは、輪廻を狂わせている神の欠片そのもの」 レマの言葉に背に汗が伝うのがわかった。 水晶体に閉じ込められている青黒い肌をした…腕。先ほどから感じる神の気配も、言いようもない不快な澱んだ空気も全てこの肉体から発せられていた。 霧者よりも深い闇。 「もとより封印は綻びを見せておりました。人々が神への力を捧げながら各地に分けた肉体は、封印の要を神子同士で受け継ぐ間に徐々に綻びが生まれ、今ではこの有り様。意識は既に、この世界に逃げ出していることでしょう……貴方様は、アルマレリア様の座す場所を知っておりますか?」 「…どいていろ」 太陽神(あいつ)が僕をご指名なんだ。おそらくこれが気がかりな事なのだろう。気がかりではなく、もはや元凶と言ってもいいかもしれないがな。 纏わりつく澱みを意図的に無視して水晶体の前へ立つ。 2人の目線が僕の背中に注がれるのがわかる。 意を決して片手に持つ杖を握りしめながら掌で水晶体に触れた。
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