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『嫌…来ないで!』
『…っセルディア!』
『皆騙されるな!…あれは魔王の幼生だ』
『で、でも……おれ……』
「っ……!」
触れた途端流れ込む記憶の断片。これは……誰の、記憶だ?
水晶体に罅が入る音が遠く聞こえる。色を持ってまるでその場に居たかのように焼きつく。
黒い霧が漂う黒石の大広間の奥にいる幼子、長い杖を構えながら叫ぶ術者の女、白金の髪を短く刈り上げた蒼鎧の男、狼狽える大剣を持った戦士の男。
ロウの意識が持っていかれそうになった時、手に持つ杖が震えた。
少女の声…ジェメリだ。
『だめ、引っ張られないでロウ』
「っジェメリ」
『ロウに呼んでもらった時にアルマレリアからお願いされたよ。私に任せて。でも、ちょっと手伝ってほしいな』
「ーーああ、わかった」
『体、借りるね』
ジェメリの言葉が聞こえるのと同時に思考がぶれる。杖を持っていた腕がゆっくりと持ち上がり水晶体に触れた。
言うべきこと、ジェメリがやろうとしていた事はわかっている。
僕は言葉に魔力を乗せ、両手で掴むように握りしめた。
根源に眠る言葉を紡ぐ。
「『大地と天を繋ぐ大いなる母よ 忘れ去られた過去の遺骸 封じられた悪神の肉を 皮膚を 灰を抱き』」
ぐらりと水晶体が傾く。後ろで悲鳴が聞こえるのをどこか遠くで聞きながら、溶け始めている水晶を見た。
振り向く。
悲鳴はレマの物だったのだろう。無理に封印を剥がしている事で反動が来ているのか、両目を押さえてうずくまっているのをシュウが支えていた。
シュウの目が僕と合い見開かれる。
当たり前だ。僕の瞳は今、両眼とも金色となっているのだから。
「『繋がりを断ち あるべき世界への道を示せ』」
殆ど溶け落ちている中、浮かぶ腕へと手を伸ばし触れる。
「っく…ぅ……!」
肌を焼くかのような痛みと共に断末魔が聞こえてくる。
不快な音を一つに束ねたような怪音。
神はこの世へ降り立つことができない。だから目の前にある一応は神の体の一部も本来ならばこの世界にあってはならない物だ。
なぜこのように四散されて封印されているのか…。
それは先程皆見えた記憶と関係しているのだろうが、今この世界に必要ではない事だけは確かだ。
抵抗される全てを丸め込み、圧縮していく。
「お前のその半端な姿では、僕には勝てないっ!」
ジェメリと共に唱えた言葉は、世界に根を張る世界樹の力を借りる力。
僕が知る方法で唯一正しい流れで大地と天…神界を繋ぐことができる力。
体への負荷は尋常ではないがお前には消えてもらう。魔法が発動したと言うことは、邪神の体は世界に不要と判断された証。
水晶体が全て消え、浮かぶ力も潰え水面に落ち既に腕の形状すらも保てなくなっていた邪神の肉塊に杖を突き立てる。
「■ ■ ■ ■ ■ ■ーーー」
水面と底の間に見えるのは世界の歪。黒い空間を口のようにさらに杖に力を入れて歪に肉塊を押し込め全てを収める。
杖を抜くと同時に歪があった場所は何も無くなり、あたりに満ちていた神の気配も、全て消え去っていった。
「……ジェメリ。後で知っている事を全て教えろ」
『うん。わかったよ。ロウもね。…ありがとう』
意識として僕の体を使っていたジェメリが杖へと戻り、二重となっていた思考が自身だけの物となった時。
後ろで水の跳ねる音がして振り向くと、レマが倒れたのをギリギリの所でシュウが支えた所だった。
邪神の体の一部を神界へ、正確に言えば神界にいる神の元へと移したことであまり動きたいとは思わないが…。
近くまで行き唇と胸の所に手を当てると、ゆっくりと呼吸する息と鼓動が手に伝わってきた。
目元は血の涙が流れたのか、赤い。
…まあ、この状態なら大丈夫だろう。
「ロウ…」
「場所を移すぞ。こいつが起き上がるまで上には戻れないが、いつまでも水に浸かっている趣味はない」
「わかった…けど、俺にもわかるように説明してよ。全然、話についていけてない。俺をここに連れてきたってことは無関係じゃないんだろ」
レマの事を両手で持ち上げながら立ち上がり僕の方を見た。
誤魔化す事は簡単だが、教えておいた方が楽か。
「いいだろう。だが聞いたからにはお前にも僕のすべき事に手を貸してもらう」
「いいよ今更だし。それに…いや、なんでもないや」
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