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「こ…こは……」
「気が付いたか。起きろ、お前が起きるのを待っていた」
レマはゆっくりと体を起こし、まだぼうっとしているのか辺りを見渡してからようやく状況を理解したのか封印があった場所ーー水面を見た。
封印も何も無くなった水底へとゆっくりと歩いていくが、封印は跡形もなくただ静かな水鏡があるだけだ。
一通り見渡し、自分の顔をペタペタ触れ戻ってきた時には、不思議そうな顔を隠せなくなっていた。
「私は一体…あの後、どうなったのでしょう。アルマレリア様よりお聞き致しましたが…」
「お前は僕が封印を剥がした影響で倒れた」
「あっ痛い所とかないですか?」
「シュウ…お前、こいつには畏まった話し方をするんだな」
「え、だって偉そうだし…え、偉いよな?」
「いいえ、私はただアルマレリア様のお声を聞くことができるだけ。神子と呼ばれておりますが、ご覧の通り大層なものではございませんし普通通り接して頂けますと…ですが、そうですか……」
レマの動作は随分とゆっくりしたものだった。あれだけの封印を引き受けていたのだ。体に負荷がかかっていないなんてことは考えられない。
レマは一呼吸おいてから居住まいを正し僕に向けて頭を下げる。
まるで祈るように手を組み、涙を流していた。
「ありがとうございます。あの封印は神子の体を蝕みながら封じる物。封じられていた肉体もアルマレリア様の元へ無事送り届けられたと…。私も……。私にできることがあれば、何かお返しができれば良いのですが…」
お返し、ね。
「お前の顔と名は世界で認知されているか?」
「え?ああ、はい。私が神子となる際、次代神子として各地を巡礼しておりましたので、よほどの僻地でなければ姿ぐらいは。私以外の神子もございますし、各地に散らばっておりますので絶対にとは言えませんが」
「戦えるか」
「…私自身は戦うことを禁じられております。ですが、私には神の加護がございます。よほどのことがなければ傷がつくことはないかと思います」
「…」
「あの、私はロウ様について行けばよろしいですか?」
国家間の移動に関して、ダウラスは僕たちの身分を保証するとは言っていたが、ぽっと出の人間が持っていると怪しまれる類のものもある。何せあの王族にして王ありだ。
ならば連れて歩けるかと思ったが、加護か。
「お前の一存で決めていいんだな?」
ロウの言葉に込められた意味は重い。自分のかつての光景が思い浮かぶのだから尚更。
紛れもない神の庇護にある目の前の神子。
一度も戦いの場に出たことがないというのに恐れすら感じないほど、真綿に包まれ大切にされていたことが窺える。
人にも、神にも。
「はい。アルマレリア様から貴方様方の手助けをして欲しいとお言葉を頂いております。私でよければ、お手伝いをさせてくださいませ」
ふわりと笑う。
神子が聞く神の言葉は最も尊ばれし物。聖書に書かれていた通り、彼ら彼女らは神の願いを叶えるために動くのだろう。
今まで散々見てきた私利私欲の信仰とはまるで違う祈りを僕は、知らずのうちに美しい物だと思っていた。
「お前達は神の不在を知っていたのか」
塔で調べたかつての「勇者」と「魔王」。そして邪神と呼ばれる存在は切っても切り離せない繋がりがある。
繋がりを見せたこれらの情報をまとめると、この邪神というのが女神が眠りについた原因に感じる。
上へと戻る階段を登りながらレマに問いかけると、じっと考えてから口を開く。
「はい…神々の動きは私達ではどうすることもできないものでございますから、知っているだけですが…。一番初めの系譜は壁画に描かれておりますので、神殿へいらしてくださる方ならどなたでも見ることができます」
「それはいい。神殿は把握しているんだな?」
「ええ。お隠れになっている神を祀る神殿もございます。…ただ、端々までは管理が行き届かず…。神が隠れるのは信仰が廃れているからと思われますが、民も全ての神を知るわけではなく」
「まあ、だろうな。いくらお前達が神の言葉を説こうと、聞くも聞かないも生活に影響はない。生きることに必要ではない情報なら尚更記憶には留め置かないだろう」
知ったところで何にもならない。
「ですから、私達は民へと語りかけ続けるのです。…ロウ様方はいつ頃この地を離れる予定なのでしょう」
「すぐにとは行かないだろうが、なるべく早く出る」
「え、王様とか大丈夫なのか?」
「もともと長くは留まらないとは言っている」
地上へと続く扉を開きながら返事をする。
差し込んでくる眩しい光に少し目を細めながら辺りを見渡すと、僕達がやってきた時よりも数段澄んだような空気を感じた。
なるほど、封印がなくなったからか。
僕と同じように肌で感じたのであろうレマがほう…と息を吐く。
これ以上は長居しても仕方がないな。
「僕はもういく」
「あ、じゃあ俺も」
「わかりました…本当に、ありがとうございました。ロウ様、シュウ様。……出立が決まりましたら神殿にお越しください。私も、すぐに発つ準備を整えておきます」
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