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「お前はーー」
「ロウ様、お待ちください」
何者だ。
僕がそう問い掛けようとした時、ずっと後ろで控えていたレマが話に割り込んできた。
正直霧者を確認してから忘れていたが…。
レマはアルマレリアに守られている。これは全ての神子に言えることだが、神の愛し子というのは神の庇護下にいるというのは本当らしい。
森の中、四方から襲いかかる魔物も全てレマを“居ない者”のように通り過ぎ僕達へと襲ってきていたのだから。
「私は太陽神アルマレリアの神子、レマ・アルマと申します。貴方様からはーー微かに、神の気配を感じております。私達はこの先の神殿に用があって参りました。決して害をなそうとは思っておりません。どうかお通し頂けないでしょうか」
森の中に静かに響くレマの声に、男は目を見開いた。
小さくあ、う、と男から言葉になりきれない音が出てはまるで餌を求める魚のように口を開閉している。
しかしそれも数秒経ち落ち着いたのか、手に握っていた大剣の柄を握りしめた。
「ちょ、ちょっと待ってね……久しぶりに、人と話すからき、緊張…して……。…え、ええと?お…あ、いや、わたしは」
「…言いやすい口調で構いませんよ」
「う、わかった……おれは、ロスワンダ様にお仕え、していることになってる、ハイド…ラストです…」
宜しくお願いします、と。
消え入りそうな声で告げられた神の名は、向かうべき場所が正しく『夜と輪廻の女神の神殿』だと示していた。
「こんな辺鄙な場所に神殿なんてあったんだなぁ〜」
「辺鄙…って」
十数分歩き続けた先、獣道の奥から陽が差しているのを見つけたフラノアが走っていくと、そこには王都に立つ神殿に負けないほど大きな石造りの建物が立っていた。
広々とした大階段と風が通り抜けられる大きな壁。
重く大きな石天井を支える柱にはどこかで見たものと同じような意匠のレリーフが刻まれている。
しかし簡単を漏らすほどではない。
それらは全て建物として残っている部分であり、今目の前にある神殿の大部分は崩れかけ、植物に覆われていたのだから。
「こんな、ことに……」
「こんなことって?だってレマの話だと人の手が入っていないんだよな。なら単純に月日が経って壊れてるってだけじゃないの?」
呆然と神殿を眺めつぶやかれた一言にシュウは“ただの建物”としての末路を口にする。だがそれは違う。
足元の石畳には微弱な神の気配がこびりついている。
アルマレリアを祀っていた王都の神殿でもそうだが、これらは神の持ち物だ。
……と、僕と一緒に話を聞いていたはずだが?
「何を馬鹿なことを言っている、シュウ。神殿がこの有様なのは神の力が正常に働いていないからだろう。お前の記憶力は虫より小さいのか?」
「へ?」
「この世界においての魔術の話。国の成り立ち。全て初めに話されていただろう。神殿は神の持ち物だ。現存する神は自らの坐す場所を正常に保つことができる。最もお前は渡された本を見てヘラヘラしていたようだが」
「あー……ゴメン、いかにもな本に興奮してたかもしれない」
ハイドラストと名乗った男は迷いの無い足取りで神殿内を歩いていく。
続けて入って行くのをちらりと見ながら前を歩くのは、僕達を案内しているからだろう。
ひび割れを跨ぎ、上から落ちたであろう剥落を避けながら立ち止まったのは女神像が置かれていたであろう台座の前。
「えっ…とー、『生ける者の夜を纏い 全ての魂を導く深更の女神よ』」
手を組まず、膝も折らずに手に持っていた大剣を足元の石畳へと突き立てながら唱えられた祈りの聖句。
「『あい見えんと 導を持つ者がおります』」
「『貴方に死を 捧げます』」
言葉が止まった途端、微かに聞こえてきた木々のざわめきも全てが止まったかのように止み、静寂が落ちる。
耳が痛くなるのは数秒だったのか、一瞬だったのか。
黒ずみ土汚れの目立つ大剣の刀身が赤く、赤く染まってゆくのと同時に耳をつんざくほどの絶叫が教会の壁を反射し鳴き響いた。
「っーー!」
途端、僕の意識は白く染まっていった。
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