03___死を纏う男

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「まさか僕が神器を手に取ることがあるって思わなかったなぁ〜!これだけでもついてきた意味があるっと」 腰に下げられた双剣の邪魔をしないよう背中側のベルトに通した鞘に、クルクルと回しながら曲芸のように剣を収める馬鹿(フラノア)はさておき、僕はハイドラストに向き直る。 神の使徒にしては苛つく程にオドオドした性格は面倒なことこの上ないが、その実力は確かだ。 ゆっくりと立ち上がり具合を確認する。倒れたにしては打ちつけた痛みもほとんどなく動くことができているようだ。 『行かないの?』 持ち手から伝わるジェメリの言葉に杖を持つ手を握りしめることで答えた。 「目的は果たした。女神に目覚める意思があると知れただけでもきた意味があるというもの」 ついてきている他のメンツを見て、全員すぐにでも動くことができるのを確認した。そしてハイドラストに問いかける。 「時間がない。僕はもう行かせてもらう。お前は、どうする」 「…?どう、って…おれは、変わらずここを、」 「お前のしている行為がただの延命だということに気が付かないほど馬鹿じゃないだろう。お前に常人以上の力があるのはわかっている。元凶を叩くぐらい出来たはずだ」 僕の問いに僅かに目を見開いた後。考え込むように黙った顔にようやく浮かんだのはいつものへらりとした笑みではなく、どこか影を落としたような表情。唇を歪ませていた。 「きみは……そうなん、だろうね。……。でも、それでも…それでもおれは、朽ちるのを…恐れて、離れられないんだ」 「……」 「なぁ、よかったのか?」 森を抜けていく最中、神殿がある後ろを振り返りながらシュウが言う。 「いいも何も僕は聞いただけに過ぎない。あの男は元々女神の延命のために生かされ、生きている存在だというだけだ。それに人間は死を恐れるものだろう」 「…」 女神がいるから死ぬことは無い…女神の使徒である男は女神が眠る神殿が壊れることで女神との繋がりも切れてしまうと恐れたのだ。 あの殺しても死ななそうな存在が作った繋がりが簡単に切れるとは思えないが、僕の考えることでは無い。 「初めから存在していなかった存在を気にかけるほど、僕は暇じゃないんだ」 「私は、ロスワンダ様が消えたわけではなく、眠りについているだけと知ることができて安心致しました。ロウ様?私達はこれからどのように動くのでしょうか?」 レマの言葉に他二人の目も集まる。 ちょうど石碑があった分かれ道に辿り着き、僕はやってきた道とは反対の方向へと進んだ。この先は、ルーデンスだ。 「大国をめぐり、それぞれが祀る主神の神殿に封じられた邪神の肉体を神の元へと送る。あとは女神の力を奪っている肝心の邪神を見つけることだが…後回しでいいだろう」 「え〜どうして?そっちの方が優先度高くない?」 フラノアの言葉にキッと睨みつけるようにして黙らせる。 「そんなこともわからないのか?奪った女神の権能と信仰を奪っている。何もしなくとも勝手に力を増してくとしたら、封印されているという体を取り戻しに来るだろうな」 「あ…」 今でこそ邪神は弱体化されているだろうが、ただ待っているだけなんてことはあり得ない。それこそ、力があるのであれば今すぐに女神や神の息がかかった脅威を潰しに来るはずだ。 その前になんとしてでも体を手の届かない場所へ…神の手に渡さなければならない。 「恐らく邪神は僕達の元へ1度は顔を見せに来るだろう。配下かもしれないがそれもいい手がかりになる。わざわざ探して無駄な時間を過ごすまでもない」 夜が訪れ、月の光が静かに落ちる神殿。 久しぶりの来客に賑やかだった無機質な神の領域にはもう、風の音とただ1人の呼吸しか聞こえていない。 日課のようにきつく両手を合わせて祈りを捧げる男の心は、女神ひとりに向けられるものではなく散々に乱れていた。 「(おれは……どうしたかったんだろう…)」 何も、何も答えられなかった。 そして口から出た言葉はあまりに自分勝手な…夢物語で。 女神に揺り起こされた魂の深い眠り。女神に与えられた仮初の体、命。もう二度と踏むことは無いと覚悟したかつての世界。 ハイドラスト(おれ)は1度、全てを失っているというのに……。 「ロスワンダ様……」 死は怖い。 1度経験したあの感覚はもう二度と経験したくは無いーーでも、その時、自分の存在意義はどうなるのだろうか、と。 この森を徘徊している化物は、僅かに残った女神の領域には入ってくることが出来ない。 知っているのに。 「どう、どうしよう……」 どうしても、立ち上がることが出来ずにいた。
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