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普段は聞き難い愚痴をぶら下げて一人で来るから無視して撒いていた神官達は、今日に限って数人がかりでやって来たていた。
男の首元には首輪がある。神官曰く、“神がこの世を去る時に我らがために残した神遺物”らしい。
彼らは神遺物を我が物として禁忌を犯し、人の手で使えるように改良を加え、男の首にはめた。
神遺物の名の如く人の力では壊す事もままならないこれをどういうわけか、神官どもは改変して隷属の首輪としたのだ。
それこそ、我が信仰心の成せる技だと言って。
男は首輪によってこの神殿に縛り付けられている。
何度も逃げ出そうと、何度も壊そうとしたが全て首輪の見えない鎖によって無駄となった。
そんなものがあるなら簡単に、男に言葉で命令するのではなく自分達の思い通りになるよう力を行使すればいいのではないか。
口に出すだけで何もできないのは彼らにそれだけの力がないから。強制するには恐ろしいほどの贄が必要だと知っていた。
それこそ、何十という命の数を。
神の遺物は只人が気軽に使える物ではない。神の持ち物なのだから。
男にそれほどの贄を捧げる価値があるのはわかるが私情のため、自尊心のために贄を捧げる気はないのだろう。
術で拘束された高位神官は、誰かが廊下を通るまでずっと縛り付けられたままになるに違いない。
こんなガラクタではなく力で伏せさせればいいんだ。剣も魔術も上手く使えない奴らに僕が負けることなんてないだろうけれど。
男がそっと目をやったのは自らの左手。手首の中程から手の甲にかけて走る紫線は、白い手の上に幾何学模様をつけていた。
彼らからみれば神の子を手に入れたようなものなのだろう。
いいや神の子なんてそんな物じゃない。願いも何もかもを押し付けて神とやらの子として男を従え、まるで神が下についたような優越感に浸る。
何度も、その光景を“見て”きた。
……そんなことはどうでもいい。
今まで使っていた古代エンゲ文字よりも、北東の民族ユステが使う文字が有効だと確証が持てたばかりなのに、無駄なことに時間を割きたくはない。
国ばかり大きくて、端々の資料が少ないこの国は、神を崇め自分たちこそ最上だと信じて疑わない。
周りの神敵を喰らい尽くし肥大化した宗教国家。
僅かばかりある資料も穴だらけで神が神がと煩く見づらいことこの上ないが、男がここから出ることは出来ないからこれに頼るしかない。
大図書館塔と呼ばれた場所にあった本の知識を全て吸収して自分の力に変え、僕の意思で力を奮いたい。
首元を拘束する首輪が、忌々しい。
「……まあいいけれど。時間なんて腐るほどある。なぁそうだろう、ジェメリ」
興味を引かれるものがなくならないことには感謝をしていた。
すう…と息を吸い込み古い本特有の香りを感じていた。古書特有の香りと入り混じって、かすかに花の香りがする。
神殿の各所に植えられている白蜜花の香り。
男の姿を見るなり奥へ引っ込んだ司書の姿を横目に、埃っぽい本の海へと身を投じた。
いったいこれは、どういうことなんだ?
パチパチと瞬きをして、目の前に広がる景色を見ながら呆然と呟いた。
資料を探しに、王宮に建てられた大図書館にいたはずなのに、気がついたらどこまでも続く白い空間にいる。
僕の姿はどうなっている?手を広げ、下を眺めるも元々の姿と変わらない。…いや、いつも持っている片割れの杖がない。
独り言のように男は小さくつぶやく。
「明らかにおかしい。僕は…」
『私が呼びました、偉大なる魔術師よ』
高くもなく低くもない耳障りのいい声がした。だがどこにも姿が見えない。
杖を構えようとするも、なかったんだと空の手をだらりとおろして握った。
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