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side 秋夜ーー
「……ロウ?」
消えた空間を見て、膝をついた。
今の今まで繰り広げられていた激戦の跡形だけを残して男も、ロウも目の前から一瞬にして消えてしまった。
俺を庇った様に見えた。あのロウが。
戦いに魅入るだけで切れてしまった魔術の効果に俺が気がつかなかっただけなのに。
俺がしっかり防壁を張っていれば今頃は……。
「……」
ロウに言われたことを考えていた。
何も知らないという言葉。考えろと促す言葉。守ってやるという言葉。
今思えば召喚されてからどこかふわふわとした場所を歩いているようだったように思う。
初めて見る映画や漫画のような世界に、一度は使えたらと考えたことがある魔法や剣、お城だって。
俺の近くには常に他の世界から連れてこられた強い魔術師がいて。
旅に出る時に着いて来いと言われて、流石に魔物を倒した時や霧者と対峙した時は手が震えたけれど…まるでゲームみたいに常に仲間がいた。
だからだろうか。
見知った姿が居なくなっただけでこんなにも世界が怖く感じるのは。
自分は何もできない無力な存在だと突きつけられるのは。
元の世界でも俺はまだ、親の庇護下にいる学生だった。
自分で立って歩いた気になっていただけ、だったことに今、気がついた。
『シュウ!』
頭に声が響いてはっと意識を戻す。
そうだ、こんなこと考えている場合じゃない。まずは、動かないと…この場所から。
『私も連れて行って!』
一度だけ聞いたことのある声…ロウが持つ喋る杖。水面に投げ出された木製のそれを掴んで腰のベルトの間に挟む。
そしてまだ目覚めることのないルセさんの脇から手を入れて肩に手をかけた。…流石に成人だと無理だけど、これくらいの女の子ならなんとか1人で上まで連れて行ける。
砕け散った水晶体はもうどこにもない。
誰もいない地下空間を後にして、考える事を後回しにしながら黙々と階段を登って行った。
外は蜂の巣をついたような騒ぎになっていた。
朝には似つかわしくない怒声とあちこちに散乱した魔物と思われる死骸。
でも戦いの音は聞こえないから収束に近づいてはいるみたい。
「シュウ!大丈夫!?顔、真っ青だけど……」
比較的綺麗な大聖堂の神像裏にルセさんを寝かせていると、入り口の方からかけてくる音が聞こえた。
ひょいと頭を出すと俺に向かって心配そうな声をかけるフラノア王子。
…え、貴方こそ血まみれなんですけど大丈夫です!?という言葉はすんでのところで飲み込んだ。
そんなこと言ってる場合じゃないし、おそらく返り血だろうし。
「うん…俺は大丈夫だけど……。ロウが」
「やられた…ってわけじゃなさそうだね。ならとりあえず部屋に集まらない?ぐるっと見て来たけど残党はいなさそうだしねぇ。あ、後これシュウにってここの神殿騎士長が。シュウ丸腰だったの?」
「いや、ロウから防壁の魔術紙はもらっていたからーーありがと」
まだ短い間だけど腰に差していた剣を受け取り、元の位置へと戻す。
フラノア王子の言った通り全てが終わったみたいで、隠れていたのか神官達が出て来て魔物を片付けていた。
俺とフラノアの姿を見たからなのか、昨日ルセさんの後ろに控えていた男が小走りで寄ってくる。
「シュウ様、フラノア様…ルセ様は……」
「あ、多分大丈夫…だと思う。寝ているだけだよ」
「そう、ですか。それを聞いて一安心しました。我らで片付けは行いますゆえ、シュウ様とフラノア様はお休みくださいませ。ルセ様が目を覚まされましたらまたお伺いさせていただきます」
「ありがとうございます。正直、ちょっと疲れていたので」
「じゃあ僕達は僕の部屋に集まっているから、何かあったら呼んでよ」
「はい」
「それじゃあ行こう。…何があったのか、教えてよ」
最後の一言は小声で。
ルセさんを任せたその足で向かったフラノア殿下の部屋にはもうレマさんがいて…静かに、静かに涙を流していた。
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