01___偉大なる魔術師

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簡素な魔術であれば、組み込まれた道具を使わずともすぐに使うことができる。この空間が異常でなければ。 魔術を組み立てるよりもすでに組み上がっている方が早いと腰につけたポーチの中を素早く探り、三級下位の魔術陣が描かれた紙を取り出して手に持ち魔力を込めようとする。 しかし男の嫌な予感が的中したようで、込めた魔力が一瞬にして霧散してしまった。 『無駄です。ここでは使うことができないのですから』 「誰」 声はする、けれども姿の見えないことに得体の知れない恐怖が浮かび上がる。あたりを見渡すも一面の白。影すらも見当たらない。 『私はここです』 後ろから聞こえる声。 振り向き上を見上げるとそこには、頭上からゆっくりと降りてくる人影がいた。纏う光に目が眩む。 重力を無視したようにふわりと空中に漂う白金の髪。閉じられたままの目がある顔は作り物のように整っていて動く気配がない。 陶器のように滑らかな光沢がある肌には幾重にも白い布重ねられ、風もないのにはためいていた。 一番は…顔のパーツはどれも動いていないのに声だけが頭に響いていると言うこと。だと言うのに魔力の気配も何もない。 …気持ちの悪い真似をする。 『ウィラーロウですね』 「そうだけど…あんたは」 『私はアルマレリア。太陽神』 神。あの胡散臭い神官どもが信じているという神か。 瞬間、今までの全てが蘇り憎らしく感じる。例え手が出なくとも…そこまで考えて、かつて知った神の名とは違うことに気がついた。 ならこの神はーー 『私はあなたのいた世界の神ではない』 「…僕の思考を勝手に読まないでくれるかな。不愉快だ」 男の言葉を聞いて何も変わらない不動の存在。 表情は変わらないものの、笑っているような雰囲気を感じた。 「それで、僕を呼び出して何をさせる気?生憎と僕は得体の知れない存在に付き合っている暇はないんだ」 得体の知れない、とは言ったが確実に神だろう。先程から嫌というほど感じる重苦しい空気が体の周りにあるのだから。 男ーーウィラーロウが初めに動くことができたのはひとえに、神がまだ顕現していなかっただけ。 人知を超えた力と生き物とは思えない姿に、ウィラーロウは神の存在を認めた。見たものを受け入れることができないほど頭は固くはないのだ。 けれども人の意思も関係なく連れてる来るあたりさすが好き勝手できる神。 違う世界の神だと言っていたが、似たようなものだろう。どうせこの思考も読まれている。なにを考えても変わりない。 勝手に僕をここへ呼んだのだから殺されるわけがないと。 『貴方にはやっていただきたいことがあります』 「無理矢理連れてきて頷くと思っているのなら、案外神の頭の中もお花畑だ。それで?断ったら僕のことは消すのか?」 『人一人の命なんてとても軽い。私の世界の愛し子でもないのにどうして愛せるというのでしょう。代わりなんていくらでもいる。しかし貴方は力を持っている。それだけで使うに値する』 「クソみたいな考え方だな」 『貴方の世界は私の世界よりも格が下…お分かりでしょう』 ああ、嫌だ。どこかの誰かさんみたいな考え方だ。 私たちが神の子を下しているのだから私たちの命令は聞くべきと。絶対であると教え込ませようとした神官の言動によく似ていた。 違うところは、神は人とは違い傲慢になっても許される立場にあること。神の言うように違う世界の魂一つなんて塵よりも軽いのだろう。 僕にとってはこんな事で今までの全てが消えるなんて馬鹿馬鹿しすぎる。 自分でわかるほど言葉に嫌味と抵抗が混じった。 「勝手にどこかもわからない場所に連れてこられて、はいわかりましたとでも頷くとでも?」 『貴方は頷く』 はっきりと自らの提案に乗ると言い切った神に思わず、は?と声が出た。目の前の神には必ず頷く何かがあるらしかった。 『貴方は異質。貴方は遺物。貴方の世界の神はすでに存在していないにも関わらず、神の片鱗が地上にあるのは神自身が全てを放棄したということ』 「…何が言いたい」 『首元。外してあげましょう』 白く長い指先が神自身の首をなぞり、ウィラーロウの首元を指す。 襟で隠すようにしているそこには、金属よりも柔らかい手触りで、自らでは壊すことの出来なかった黒い首輪があった。
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