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神の言葉に目を見開いた。同時に忌まわしき首元の枷を外すことなど造作もないのだろうとも考えていた。神なのだから。
目の前の存在は偉大なる魔術師だなんて思ってもいない。盤上へ投入するだけの最良の駒だと捉えている。
手に持っていた魔術紙を戻してから襟を直して改めて向き直ると、閉じられた目の奥から視線を感じた。
話を聞く姿勢になったのがわかったのだろう、向けられる重苦しい空気が少し緩和する。
「…取引ってわけ」
『あなたには私の世界でやってもらわなければいけないことがあります。それが終われば叶えましょう』
「いらない、元に戻せと言ったら?」
『元の世界での存在を消し、引き返すべき道を閉ざし、あなたの帰る場所は無に返すこととなる。最も、壊れかけの世界はすでに崩壊へ歩み進めていますが』
「あんな世界滅びて仕舞えばいいけど」
『貴方には抗えない』
「…話聞いてないだろう。人の話を聞かずに自分の都合勝手に進めるにはお得意ってわけね。で、何をやらせたいんだ」
神に問う。流石に神殺しをしろとかは言わないだろうが。
『眠りについている私の妹を起こすこと』
「妹?……あんたが神なら、その妹とやらも神?」
『今、彼女の使徒は地上に一人だけ……あのままでは時間がかかり過ぎてしまう。それに、気がかりな事も』
「神の目覚めと、気がかりの調査って事。人使いが荒い」
『私達は地上で活動する事ができない。ほんの少しは姿を表したり言葉を届けたりすることだけでは、時間がない』
噛み合わない話を苛立たしげに聞く。
『もう1人、愛し子達が“勝手に”呼んだ彼をどうするかはあなたが決めなさい。あれは残滓に好まれる』
「その彼って誰…って、残滓?」
『死の女神の使徒は、もう長いこと眠りから覚ますために動いているのですから』
「……」
『私が満足する結果になったのであれば、首元の遺物以外に貴方のその奥底にある望みも叶えてあげましょう…さあ、行きなさい。私の為に。この世界の為に』
結局何一つ問いに答えることなく姿を消した神が、自分のことだけを伝える様に思わず舌打ちが漏れた。
まあ気にしてないけど。…にしても、死の女神に使徒。
気になる言葉を無理矢理飲み込み、ウィラーロウがそれを考え始める前に周りの白が一層強くなる。その感覚に時間切れだと言うことを察してから、意識は白に飲み込まれていった。
白い世界に身を置いている間、意識は一瞬何処かへと行ってしまったようだった。ぼんやりとした自我がはっきりとしてくる。
体を打ち付けたようで、膝と胴が僅かに痛みを訴えるていた。やはり手元に杖はない。
ゆっくりと地面に手をつき体を持ち上げたところで、硬くつるりとした場所に寝ていることに気がついた。
ここは…どこだ?
人の身と同じぐらいの太さの柱が何本も立っていて、一段ずつ上へ階段状に広がる広場。
内壁に掲げられた群青の布には蔦が絡まった剣が描かれている。顔を上げると周りを囲む黒鎧とローブの集団と、奥に見える一際煌びやかな服を着た面々。
隙間から見える鎧は数人いるみたいだが…と視線だけで見終えたところで隣からうめき声が聞こえてきた。
「…うぅ……ってえな………は?」
見たことのない生地と形状の服を着て上体を起こしたのは、混じり気のない黒い髪と目をした青年だった。
そういえば…と、先ほどまで言葉を交わしていた存在の言葉を思い出す。
あの神は愛し子が勝手に呼んだと言っていたが…まさか、こいつが?
「え……なにこれ…え??」
小声で状況が判断できずに声をあげているところを見ると、あまり使い物にならなそうだけど…と。
周りの人間とは全く違う作りの衣装に、自分と同じでどこか別の場所から連れて来られたのは間違いない。
狼狽える彼を横目で見ながらはっきりと、そう確信していた。
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