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「シュウとロウ。突然のことで驚くかもしれんが、この国は今異形の魔物共の脅威に晒されている。勇者であるお主らなら簡単に討ち滅ぼせるであろう…が、もう真夜中に近い。詳しい話は我が父もまじえ行う。今宵はゆるりと休まれよ」
「案内はこの者が行う」
男のその一言でずらりと並んでいた人間が道を開けるようにして並ぶ。
くるりと向きを変えて早足で去っていく後ろ姿と、一瞬感じた値踏みをするような目に小さく舌打ちが漏れた。
すぐ近くにいたシュウ以外には聞こえなかったのは救いだろう。
追随するように術者が去ってゆく。
奥に整列していた鎧達も見えなくなってから2人の前に現れたのは、白髪混じりのダークグレーの髪を撫で付けた壮年の男。メガネの奥の目が細められている。
王族の後ろに立っていた男だ。
「勇者様方には部屋を用意しております。わたくしはゲレンディ・アトメラと申します。以後お見知り置きを」
ゲレンディは胸に手を当て優雅に一礼をした。魔術師も居なくなり、残っているのは黒い鎧を身につけた騎士が一人とゲレンディ、シュウ、ロウの四人。
廊下につながる場所にかけられていたランプを持ち、白い手袋に包まれた手で底をかちりと動かすと淡く光がついた。
同時に今まで光で照らされていた部屋が一気に暗闇に飲まれる。気にもしていなかったがどうやら夜に行われたようだった。
「こちらへ」
神殿のような場所を抜けると、外の風が吹き抜けで入る廊下に出る。屋根で覆われている道に壁はなく、柱には細かなレリーフが掘られているのか、淡い光の陰影が見えた。
遠目にうっすらと庭園があり、奥に見えるのは大きな城。月明かりが照らす中、三人分の靴音だけが響く。真夜中だ。
影だけ見ても僕の記憶の中ではーーとロウが思い出したのはかつての世界で1番大きな城といえる。
滅びた国の美しき居城は、信仰に飲まれてしまった。
隣で歩いているシュウはもう言葉も出ないと顔に出ているぐらい呆けている。
「……おい」
「あ、ああ、ごめん。見たことなかったからつい」
声をかけると、シュウはまだ目が泳いでいるもののしっかりとした足取りで歩き始めた。ゲレンディは2人の様子に気がつくことなく前を歩く。
そうして暫く無言が続いてから城の中に入り、何度も道を曲がったり登ったりしているうちにある扉の前で止まった。
「こちらでお休みください。中の作りは同じ作りですので、どちらをお使い頂いても構いません。何がご入用の際は部屋に備え付けられているベルを鳴らしてお呼びください。くれぐれも、城内を出歩きませんよう」
「…何かあるの?」
「それも含め明日ご説明させて頂きます」
「あ…ありがとう、ございます」
「廊下に護衛の騎士を配置しております。それでは失礼致します」
にこりともしなければまるで興味なんて無いように、深くお辞儀をした後に踵を返した。
勇者と呼ばれる存在が二人ではなく一人の予定だったようだが、すぐにでも二人が使うことができる上等な部屋に案内したのだろう。
廊下に配置している騎士は柱のところに一人、奥の曲がり角に一人。
見張るにしては簡素なものだった。
「え……と、どうする?」
「勝手に入れば?」
自分に一番近い場所にある扉に手をかけようとした所でシュウが声をかけてくる。その声は不安げに揺れていた。
シュウから見れば僕は同じ立場のはずなのに僕に聞くのは、意味もない同意が欲しいのだろうが。
適当に返事をして開いた扉の中は思った通り、お高そうな調度品や縁がなさそうな絵が飾られていた。史上の一幕を描いた絵の中では壮年の男が剣を取っている。
城にある客室のような場所なのだろう。入り組んでいるのは容易に道を覚えられなくするためか。城の内部は入った事はないが興味深い。
ひとしきり部屋を眺め尽くした後、備え付けられていた椅子に腰掛けた。
「さあて」
これからどうしようかな。
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