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00___始まりの音
「貴方に死を…捧げます」
暗闇の中、朽ち果てかけた神殿の中で一人の男が両膝をついて祈る。
瓦礫で汚された神聖な本殿は、根の張った植物と木で何とか形を保っているようなもので、大きな罅割れがいくつもあった。
暗い闇の中、祈る男の顔は白い。
ぼろ布を服の形にして着ているかのように見えるそれは、黒い汚れと破れほつれが目立っている。
手元にはひと振りの剣。
一息に命を奪うことの出来る大きな刃にも布が掛かっていた。
男は堂々とした佇まいとは裏腹に、両の眼は忙しなく行ったり来たりを繰り返している。
だが、情けない顔のまま光のない両目をそっと閉じた。
男の頭の中ではこんな場所で本当に大丈夫なのかの考えていたのだろう。
しかし、覚悟は決まったのだ。
手元に寝かせてあった剣を持ち立ち上がる。
土埃がパラパラと服から落ちるのも気にせずに逆手に剣を持つと、勢いよく地面へと突き立てた。
ーー絶叫
赤く、紅く染まった刀身からにじみ出るように幾つもの魂が昇って砕けていく。甲高い悲鳴が響き渡る。
残骸が落ちて吸い込まれていくのは天。
魂の欠片が溶けるように喰われていく。
ソレは植物のものだったり、動物のものだったり、魔物のものだったり……人間の、ものだったり。
いくつもの命だったものが剣から飛び出しては上へ上へと舞い上がり、建物へと。漂う暗闇へと吸い込まれていった。
『 ありがとう 』
不思議な声が耳元まで届いた。
男にとっては何度も耳にしたことのある声…まだ幼い少女のような声。
天から降りるように聞こえてきた一言に、頭を下げていた男は顔を上げ、安心したように微笑んだ。
だがしかし笑顔も直ぐに消える。
姿すら顕現できず、祀られてあるはずの神殿も未だにひび割れの多いまま。
まだかの方には力が戻っていなかった。
「も、もう少し、頑張ってみようかなぁーって……思うんだよね…はは。……う…じゃあ、行ってくるから」
へらりと笑う。
剣を引きずるように持ちながら何の気配もしない神殿から足を踏み出すと、あたり一帯はすぐに黒い霧で覆われてしまった。
「いつか……いつか、貴方がすべてを取り戻す日まで…おれは、少ない手をお貸しします……ロスワンダさま」
ここは闇の領域
かつて死を司る女神が祀られていた場所
………女神は、不在だった
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