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場面一 雪の日のため息
「あ―――そうじゃ」
次々に舞い降りてくる雪を払いながら馬車に乗り込んできながら、西郷慎吾は思い出したように尋ねてきた。
「今日、長州のお人ん間で何や予定ばあったが?」
奥に腰を下ろしていた山縣有朋はわずかに眉を上げた。有朋は長州(山口)出身である。一方の慎吾は薩摩(鹿児島)人で、「大西郷」とも言われる西鄕吉之助の、十六歳年少の実弟だ。
「予定?」
「先刻井上さあが、山縣さあば誘うたどん、今日は西郷君と雪見酒ば酌み交わす約束じゃ、て断られたち」
古馴染みの名に、有朋は額を押さえる。あの男は全く、あることないこと喋り散らす。
「………そねえなことは一言も言うちょらん」
よっ、と軽い掛け声と共に大柄な身体を座席に落ち着けると、慎吾は扉を閉める。合図の声と共に、馬車は雪の中を走り出した。
「行かんでよかったが? 誰かん命日か」
「別にええ。長州人は大体が宴会好きじゃけ、理由なんぞ何でも構わんのじゃ」
どこか書生っ気が強く、理屈好き、議論好きで宴会好き、というのが、一般的な長州人評である。寡黙を美徳とし、反論を「議を言うな」の一言で潰す薩摩人とは対照的だ。
慎吾は有朋が説明する気がなさそうなのを見て取ったのか、それ以上この話題にこだわろうとはしなかった。幾分ホッとして、有朋はガラス越しに外の雪を眺める。時刻は既に六時半を回っており、真っ暗である。
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