一 まぼろし

1/4
前へ
/15ページ
次へ

一 まぼろし

  大空をかよふまぼろし 夢にだに   見えこぬ魂の行く方たづねよ   (源氏物語 幻)  遠い蝉の声に耳を傾けていると、かさり、と背後で紙が音を立てた。 「おっと」  続いて聞こえてきたのは、慌てたような声。  煙管を咥え、文机に肘をついてぼんやりと庭を見ていた副島種臣は、物憂く背後を振り返る。  そこには、意外な人物がいた。 「義四郎?」 「久しぶりじゃの」  旅姿の木原隆忠、通称義四郎は、かがみ込んで床に散乱している紙を重ねながら笑顔を見せた。木原は母方の従兄で、また妹が副島の亡兄、枝吉経種(神陽)の妻でもあった。二人ともとうに故人だが、その関係では義兄にあたる。年齢は四十六歳で、副島とは同い年だ。藩校弘道館でも共に学び、兄弟のように交わってきた間柄である。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加