山之内博美

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山之内博美

 わたしは暗い独房で生まれた。  わたしの母親は獄中で産気づいて、すぐに医師が飛んで来て、適切な処置がなされた。  だから、本来なら明るい病院のベッドの上で産声を上げるはずが、わたしはそれとは、正反対の闇の中の冷たい床の上で誕生した。  別に生まれた場所が独房だからといって、わたしの人生が幸薄いものになるとは限らないが、少なからず、その生まれた場所が影響して人生の道が少しずつ曲がり、歪になったという責任転嫁をする、狡い人間になったということは正直に記しておこう。  母親はわたしを産んでから亡くなった。まるで、わたしが母親の命のバトンを受け取って、現在を生きているのではないかと錯覚してしまう。  わたしが、ただ一つ知っていることは、母親が歴史に汚名を残すテロリストの一員だったことだけだった。  わたしは母親の妹、叔母さんのもとで育った。叔母さんは本当の母親のことをひた隠しにしていた。  もちろん、叔母さんはわたしのことを思って隠していた。だが、いずれはわたしも母親について知ることになるのは、避けられない。実際、母親が「赤い鴉」の構成員だったことを知ったのは、美術大学を受験する間際のことだった。  叔母さんが本当の母親ではないことは、薄々感づいていたが、敢えて知らないふりをしていた。その当時から、わたしは人の顔色を窺って立ち回る小賢しさと、早熟な面を持ち合わせていた。  処女を失ったのも、わたしが中学生の時で、場所は同級生の部屋だった。同級生はサッカー部のキャプテンで、わたしに気があることは知っていたが、素知らぬふりをしていた。  彼はどうしても、女子との接触を望んでいたので、お金と交換条件で寝た。悪く言えば、売春だが、当時のわたしには、そんな意識は毛頭なかった。
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