人魚のたまご

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 笹爺は小枝のような指で握り飯を口に運びながら、真っ白い眉毛を八の字にした。 「おぉ、ええぞ。――どこに仕舞ったかな……あぁ、坊主の尻の下だな。その箱を開けてみぃ」  多朗は飛び降りて、被さっただけだった蓋をずらした。覗き込むと、小さく丸められたずた袋が見える。  取り出して口を開くと、艶やかな虹色の硬いものが光を跳ね返して光った。 「昨日、おかあに話したら、『鮑の殻を磨いたものに決まってる』って言うんだよ。違うよな、鮑の殻だったら、こんなに軽くない」  指で摘まんで頭の上に掲げるようにし、それを矯めつ眇めつ眺める。  ――笹爺が村の大人から疎まれるのは、そのあたりにもあった。  どこかで拾った緑の色をした石を『海坊主を懲らしめたときに、これで許してくれと渡された宝石だ』と言ったり、南の海から流れ着いた変わった魚を『海蛇と泳ぎ比べをして、負けた海蛇が置いていった家来だ』と言ったり。  村の仕事もしないでそんな夢物語をぺらぺらしゃべるものだから、大人たちは相手にもしなくなった。だが、多朗にとってはわくわくさせてくれる話ばかりだった。 「人魚は、おるぞ。腰から下が魚で、上は別嬪でな。髪の毛は海藻みたいな色でゆらゆらと漂って。目は水晶みたいで、紫色をしていてな。多朗も一目で虜になるぞ」 「俺は、ならないよ!でも、仲良くなって海の中をものすごい速さで引っ張ってもらう。面白れぇだろうなぁ」  多朗がそういうと、笑んだ笹爺の目は皺と同化して見えなくなった。  
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