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笹爺はくつくつと笑うと、
「人魚は海の底で暮らしとる。ここで坊主が見たことなんかわかりゃせん」
「でも……」
多朗は一歩、笹爺に……卵ににじり寄った。
「でも、言いつけを守るなら……俺も温めないと。約束、したんなら」
「ええんじゃ、坊主の生まれる前の話じゃぞ」
「――でも! 人魚がそう言ったんなら……俺も……俺にも、温めさせてよ!」
両手を差し出し、多朗は声を上げた。
――触れてみたい。その卵に、どうしても、触れてみたい。どうしても。何がなんでも。どんな手段を使っても。
これまでに感じたことのない、腹の奥からの突き上げるような欲求に体が動かされる。卵を差し出さない笹爺に、怒りさえ覚えてきた。
激しい剣幕を見せた多朗に、笹爺は諦めたように肩を落とした。
「……約束じゃからな。……ほれ」
言い訳のように呟き、恭しく、卵を持ち上げる。多朗は飛びつくように笹爺の足元に膝を折り、手を伸ばした。
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