人魚のたまご

10/18

58人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ
 笹爺はくつくつと笑うと、 「人魚は海の底で暮らしとる。ここで坊主が見たことなんかわかりゃせん」 「でも……」  多朗は一歩、笹爺に……卵ににじり寄った。 「でも、言いつけを守るなら……俺も温めないと。約束、したんなら」 「ええんじゃ、坊主の生まれる前の話じゃぞ」 「――でも! 人魚がそう言ったんなら……俺も……俺にも、温めさせてよ!」  両手を差し出し、多朗は声を上げた。  ――触れてみたい。その卵に、どうしても、触れてみたい。どうしても。何がなんでも。どんな手段を使っても。  これまでに感じたことのない、腹の奥からの突き上げるような欲求に体が動かされる。卵を差し出さない笹爺に、怒りさえ覚えてきた。  激しい剣幕を見せた多朗に、笹爺は諦めたように肩を落とした。 「……約束じゃからな。……ほれ」  言い訳のように呟き、恭しく、卵を持ち上げる。多朗は飛びつくように笹爺の足元に膝を折り、手を伸ばした。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

58人が本棚に入れています
本棚に追加