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恐る恐る……でも、言いようのない興奮を覚え、多朗は卵を腕に抱いた。
卵はずしりと重い。そっと触れると、表面は滑らかでつるつるとしている。
そして、笹爺の体温なのか、卵が発しているのか、生温かった。
間近で見ると、卵の虹色の表面は光を湛え――じわじわと波打つように色が変わっていく。
――生きている!
人魚の話を頭のどこかで作り話と思っていた自分が消え去った。
これは、これは、人魚の卵だ。正真正銘の。
決して落とさぬよう、ゆっくりと腕の中で揺すってみた。卵はゆらりと揺れる。中を満たす、どろりとした液体が殻の中で動いている感覚が伝わる。
どくどくと、多朗の心臓が音を立てる。まるで、卵の中にその音を聞かせるように。
荒々しい感情が全身に広がっていく。それが、抱いた卵を自分のものにしたい衝動だと気づいたとき、笹爺が卵を攫った。
「もう、ええじゃろう。あとは儂の役目じゃ」
あっという間に空になった自分の腕を見下ろし――多朗は笹爺を見上げた。
恐ろしいほどの喪失感ばかりが頭を埋め尽くす。
いやだ。いやだ。俺もそれが欲しい。
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