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その時、突風が小屋を激しく軋ませた。
ばらばらと大粒の雨が屋根に打ち付ける。――多朗はその音に我に返った。
他人の物のように見える自分の手の平を見る。
今、何を考えた?
笹爺から、卵を奪おうと――笹爺を痛めつけてでも、盗もうと……。
多朗がぎくしゃくと顔を上げると、笹爺は悲し気な笑みを浮かべていた。
そして卵を大事そうに腕に包み込むと、
「ええんじゃ、坊主。気に病まんでええ」
とぽつりと言った。
全て、笹爺にはわかっているのだ。
力ずくででも、笹爺を傷つけてでも卵が欲しいと思ったことを。
羞恥に耐えられず、多朗は弾かれるように立ち上がると小屋を飛び出した。
土砂降りの雨に打たれながら、坂の上の自分の家に向かって必死に走る。
きっと、笹爺も御殿で卵を見たときに同じ気持ちになったんだ。
だから、俺が何を思ったかわかるんだ。
潮まじりの雨を受けながら、多朗はふと身を震わせた。
――人魚が卵をくれたというのは、本当だろうか。
もしかしたら、笹爺も力ずくで……。
雨のせいか、背筋に寒気が走った。
何かが背後に迫っているようで、多朗はがむしゃらに足を動かし続けた。
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