人魚のたまご

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 次の日も、しとしとと雨が降っていた。  あんな別れ方をしたから、笹爺に顔を見せるのは子供なりに気まずかった。  それでも、役目を果たさないわけにはいかないし、うまい言い訳も思いつかなかった。今日の飯当番の、二軒となりの家から笹爺用の食事を受け取って、重い足をひきずって坂を下る。  坂の途中、いつもと様子が違うことに気づいた。  いつもぴったりと閉じられている、笹爺の小屋の戸が半開きになっている。  最初に思ったのは、卵が見られてしまうのではないかという心配だった。  だが、笹爺も一歩も外に出ないわけでもないし、用を足しているのかも知れないと思った。  早足で小屋の前に着く。 「……笹爺?――飯だぞ……」  様子を伺うように声をかけ、開いた戸の合間から中を覗き込む。  ――薄暗くて、よく見えないが、強烈に生臭い。  顔を顰めて一歩中に入った。びちゃり、と履いた草鞋が音を立てる。  狭い小屋は一面の血の海だった。踏んだのは、血だまりだ。  目に入る光景が理解できず、多朗はぼんやりと小屋を見回した。  粗末な木の壁にも血しぶきが飛び散っている。薄暗い中、それはどす黒く見えた。 「……笹爺……?」  笹爺の姿はない。あるのは、流れた血液だけ。  だから、多朗も意識を保っていられるのかも知れない。  もし、もがれた腕や、目を向いた首が転がっていたら、正気ではいられなかっただろう。  
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