人魚のたまご

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 ぽかんとした顔で見下ろす多朗を、ばつが悪いように見上げ、笹爺はそれを大事そうに拾った。  多朗はひとまず戸を閉めた。風が小屋のあらゆる隙間から入り込み、ぴゅうぴゅう鳴ったりがたがた震えたりして騒がしい。それで多朗の声にも気づかなかったようだ。  多朗は笊を笹爺に差し出した。――目線は、にくぎ付けのまま。 「……笹爺、それ何?」 「……これは……」  いつものように胡坐をかいて、笹爺は自分の腹のあたりに押し当てるようにを抱えている。  慈しむようにゆっくりと撫でまわし、そして観念したように口を開いた。 「これは、人魚の卵、じゃ」  人魚の卵。  笹爺に抱えられたそれは、たまに見る鶏の卵の何十倍も大きくて、そして表面は虹色にてらてらと輝いている。その色は、人魚の鱗にそっくりだった。  今まで生きてきて、こんなものを見たことがない。  その色は、夏に潜った海で見かけたどの魚よりも美しく、艶やかで、目を奪われてしまう。 「……どこで、見つけたの?」  卵を凝視したまま、多朗は問いかけた。  さすがの多朗にも、本当に人魚の卵なのかと疑う気持ちが湧いてくる。  笹爺は躊躇いながらも、話し出した。手は、孫でも撫でるかのように優しく卵を摩りながら。
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