人魚のたまご

7/18

58人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ
「儂が今より若いころ……坊主はまだ生まれてなかったころにな。浜辺で、傷ついた人魚の娘を助けたんじゃ。(ひれ)を岩に裂かれて動けなくなっていてな。他の人間には見つかりたくないというから、儂だけが知っている海の洞窟に連れて行って、手当をしてやった。――傷が良くなって、その人魚は去っていったんじゃが、忘れたころになってまた戻って来た。儂に礼がしたいと言ってな」  多朗は座るのも忘れ、棒立ちになったまま笹爺の言葉を聞いていた。  そんな御伽噺は、もっと幼いころに祖母から聞いた覚えがある。最後は玉手箱から煙が出てきて終わる。  多朗より小さな子供だって、今どきそんな話は信じない。  大きな街では石炭を燃やして巨大な鉄の乗り物が走っているという時代だ。  それなのに、多朗の心臓は早鐘のように打っている。 「儂は、海の底の人魚の御殿に案内された。そこで、夢のような歓迎を受けてな。見たこともない飾りの下で、食べたこともない料理を食べて。本当に、一生分の幸福を得られた気分じゃった」  いつもぼんやりとした笹爺の目が、まるで目の前にあるかのようにうっとりとなる。その間も、卵を撫でる手は止まらない。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

58人が本棚に入れています
本棚に追加