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塩っ辛い風を全身に浴びる。だから年がら年中、多朗の体はぺたぺたとしていた。
簡素な造りの家を出て辺りを見回す。似たようなこじんまりとした家が身を寄せ合うように並んでいる。多朗が生まれ育った、小さな漁村だ。
都会の方では電気が来ているところもあると噂に聞いたが、こんな海っぺりの寂れた村にそれが届くなんて、もう何十年も先のことのように思える。
けれど、元々なかったものがなくても、不便とは思わない。
学校もそうだ。
都会の子供は狭い小屋に集められて、朝から晩まで読み書きやら算術やら、座りっぱなしで勉強をしているというが、この村で大事なのは金になる魚の種類を覚えることや、網の手入れを覚えることだ。
体を動かすことが好きな多朗は、この村の生活のほうが合っていると思っていた。
村の大人たちも親切だし、数少ない子供の多朗を可愛がってくれる。
この村での暮らしに、なんの不満もなかった。
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