毛虫の降る家

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毛虫の降る家

小さな庭には、桜の木があった。植えたのは、おそらく海外駐在中の家主だろう。その家は、父の転勤に伴い私たち一家に割り当てられた借り上げ社宅だった。 玄関までは長めのアプローチ階段がまっすぐ伸びていて、庭に植えられた桜の木の枝が、その階段を覆うようにせり出していた。 「春になったら、庭で花見ができるぞ!」 越して来た日、白い息を吐きながら剥き出しの枝を指差した父はどこか誇らしげだった。 父の宣言通り、花が綻び満開になると小さな庭にレジャーシートを敷き詰めて、家族で花見を楽しんだ。 それまで、花見は遠出しないと開催できないイベントだったから、たとえ一本限りの桜であっても、自宅にいながらイベント気分を味わえることに、幼稚園児だった私と三つ上の姉は夢みたいだとはしゃいだ。 弁当や菓子を並べながら、両親は満足そうに微笑んだ。あまく幸福な空気が一家を包んだ。
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