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第4話
応接間の人型にかけられた淡青のドレスは窓辺の光を受けとり、緩やかに裾を流していた。
胸元から腰まわりにかけ施された真珠色の刺繍は、午後の日差しを孕んだ雲を彷彿させる。
背を覆うように肩から足元へ広がる薄布には襞が数箇所つくられており、膨らむ裾にそって形を変えて優美に波打っている。
「お待たせいたしました」
自ら多量の布の巻軸を抱え、従業員と共に戻ってきた服飾店の主テオがルイスに礼を述べた。
「まさか直接いらっしゃるとは思っておりませんでした。いつでも、こちらからお伺いしましたのに」
眩い淡青のドレスに気を取られたまま、ルイスは笑顔で店主の申し出を受け流した。
訪問してもらおうにも、彼が普段いるのは住居を兼ねた小船だ。かと言って、勝手にユーウェルの屋敷に呼ぶのは、はばかられる。
作業を従業員に任せたテオが、ルイスのいる窓際へ歩み寄る。
四十過ぎと聞いた割には若く見える店主の立ち姿は、その職責にふさわしく洗練されていた。
王族の古い保養地があるこの地へ支店を出すにあたり、王都の店から一月前に移ってきたというから、都会人は皆こういう風なのかもしれない。
ルイスもそれなりに見えるよう整えてはいるが、これと比べれば、ユーウェルたちに正体が見抜かれたのも頷けた。噂がなかったら、この男もルイスのことを貴族の使用人とは思わなかったかもしれない。
柔和な笑顔で客の対応をしながら、わずかな目の動きで従業員に指示を出す姿はそれほどそつがなかった。
ルイスが望むものも、これまで彼が直接話を交わした商人たちから正しく聞き出したようだ。
卓上には上質な布地と共に数種の翅の骨組みが並べられていた。
「美しいでしょう?」
勧められた椅子にも座らず、並べられたドレスの一着に魅入っていたルイスに気づいたのだろう。テオの表情には、確かな自負があった。
ルイスは反射的に湧いた動揺を慣れた笑顔で押し隠す。
「最近は、鮮やかな刺繍を全面に押し出すことが流行りですが、こちらは布地の色味が美しい分、あえて控え目に一色で施しております。もし仮装舞踏会の衣装がお決まりでなければ、こちらのドレスもお仕立ては可能ですよ」
店主の視線に応じ、従業員がいくつかのレースを手にやってくる。そのうちの一巻きを手早く選び出し、テオは肩口に白いレースを広げた。
淡青の地を背面に、レースの細緻な図柄が華やかに浮かびあがり、ガラス窓越しの陽光をほのかに反射する。
——これだ、と思った。
店主は次々にあてる布の種類を変えながら、今度は翅の骨組みを添えていく。
「翅の形は蝶であった方が正面から見た際も映えるとは思いますが、もし妖精女王を想定されているのなら、こちらのすっきりとした形の翅でしょうか。……ああ、翅を添えるなら背にかかる襞部分を工夫した方がいいですね。翅に重なるように寄せる襞の位置を変えた方が、より優美でしょう」
言いながら、テオは腰の半ば辺りで淡青の布を手繰った。
ルイスは顔をあげる。
的確にルイスの反応を察した店主は、にこやかに口を閉ざした。
翌朝早く、ルイスはユーウェルの屋敷を訪れた。
玄関扉のいかめしい獅子の真鍮金具を叩くと、出てきたのはニナではなく、珍しくユーウェル本人だった。
中からソーセージの焼ける匂いがする。
「来るのはわかっていたけど、あんまり不躾じゃないかな?」
ルイスの挨拶を先に封じ「早すぎる」と文句を口にしたユーウェルの服装は、確かにいつもよりゆったりとしたものだった。
朝に弱いのか半分しか開いていない菫色の目も、いくらか精細に欠けている。
「わかっていたって……」
どういうことです? と聞こうとしたルイスを制し、ユーウェルは彼の眉間を指先でついた。
途端、額を弾かれたような軽い痛みが走る。
久しぶりに響いた痛みにルイスは恨めしげにユーウェルを睨んだ。
「何するんですか!」
「君が悪い。まだ朝食もすんでいない時間だよ」
「文句は口だけにしてくださいってば。だいたい普通の人はもう働いている時間です」
「私はもう少し朝寝に耽りたかったんだよ。用は何。翅は持っていないようだけど」
お菓子もない、とユーウェルはルイスの肩口から背面を覗きこみ、やはり彼が何も手にしていないことを確認して、憮然と腕組みをした。
「ユーウェル様、ニナ嬢は?」
「何。ニナに用事?」
「正確にはニナ嬢に“も”ですが」
気の急くままルイスが正すと、ユーウェルはますます怪訝な顔になる。
「俺はあれがいいと思うんですが、目が確かなのはニナ嬢の方なので、一緒に来てもらいたいんです。ニナ嬢が見ても間違いなければ、こっちに連れてこようかと考えていて」
「待って。いったい何の話?」
ユーウェルが、早口で捲し立てるルイスを止める。
どうにか続く言葉を抑えたルイスは、はやる気持ちを落ち着かせ顔をあげた。
「ユーウェル様にとっておきのドレスを見つけました」
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